産業/標準化
2.標準化の目的
標準化とは何か、なぜ標準化が必要なのか、という疑問に答えるためには、具体例を見るのが一番いいように思います。身の回りに標準化されているものの例は多数あります。これらをみていくと、標準化がなぜ必要なのかが自然に分かっていくと思います。多数の例は分類、整理して示すのがよいのですが、あまりに多岐にわたっているので、うまく整理するのが難しく、ここでは6つの類型を示すに留めます。
(1)形や寸法の規格(8~10項参照)
もっとも古くからの標準化の例は大体これではないかと思われます。
代表的な身の回りの例に家庭で電気を使うために日本中のどの住宅にも設けられているコンセントがあります。一方、電気器具の方には電源コードの先端にはプラグという接続器具が付いていて、このプラグとコンセントは確実に結合ができるような形と寸法に決められています。これが規格化または標準化です。
この規格化のいいところは、利用者の側からみると住宅に入居するときに、どんな形、寸法のコンセントが備えられているかを気にする必要がないことです。また電気器具を購入する際にも、家のコンセントに合うプラグが付いているかを気にする必要もないことです。事業者(生産者)の側からすれば、コンセントとプラグの接続部分については寸法を検討、設計する必要はないことです。またいろいろな寸法のものを品揃えする必要もないことです。
形や寸法の標準化は、2つ(あるいは複数)の物品が確実に取り付けられたり、嵌め合わせたりできるようにし、取り替えが効く(互換性がある)ようにするのが目的と言えるでしょう。
(2)品質や性能の規格(12~14項など)
製品の品質や性能は高い方がいいに決まっています。技術の発展に伴って品質や性能は向上していきます。その過程では性能のランクによって価格が決められ、顧客、使用者は性能や品質と価格の関係を考慮して製品を選ぶことになります。
品質や性能はランクに分けて選べるのであれば、それそのものを規格として定めることにはあまり意義がありません。しかしこの品質や性能を定めるための試験方法や測定方法がばらばらでは、示される品質や性能の値を相互に比較することができません。
そこで試験方法や測定方法を規格として定めることは重要な意味をもちます。例えば「信頼性の話」では半導体デバイスの信頼性試験方法に関する規格を多く紹介しています。 複数の製造元の製品の信頼性のデータを比較するとき、その特性が同じ条件の試験方法で評価されていてはじめて比較が可能になります。
(3)情報伝達手段の標準化
上記の1と2は物の物理的特性に関する規格でしたが、物でなく情報に関する規格も急増しています。情報伝達の方法、手段は共通化されていることが必須です。
社会インフラとも言える情報伝達手段の一つに標式があります。その典型例が道路標識、交通標識です。前項で例示したように交通信号の赤、黄(橙)、青(緑)の意味は世界標準ですが、標準化と言うまでもないほど共通認識になっています。その他、道路標識は文字を伴う場合もありますが、図形や記号だけで万人に意味がわかる必要があります。機知に富んだピクトグラムはその好例です。
技術の世界では、電子回路を記号で表した回路図というものがあります。この回路図に使われる図記号は、例えばトランジスタや抵抗、コンデンサなどを示す記号が規格化されており、回路図を使う人すべてに共通の理解を可能にしています。
設計から製造まで多くの人が関わる建築や機械の分野でも、立体の表現方法である製図法を共通化しておくことは極めて重要です。
上記のように人が理解できる文字や記号を介して情報伝達する場合のほか、間にコンピュータなどを介し、電気信号を使って情報を伝達する場合にも標準化は重要です。
人間の使う文字をコンピュータで扱うためには2進数で表された文字コードに変換する必要がありますが、この変換ルールが統一されていないと情報の伝達は困難です。
さらには一まとまりになった数字や文字の情報を機械(コンピュータ)に読み取らせるためのバーコードあるいはQRコードも規格化されていることが必須です。
以上は人と機械の間の情報伝達に関するものでしたが、機械と機械の間の情報伝達すなわち通信もあります。送信機がある規則にしたがって情報を送り出せば、その規則を知っている受信機側では情報を正しく受信できます。この規則のことをプロトコルと言いますが、これそのものが通信の規格です。
(4)情報の記録・記憶手段の標準化(11項参照)
かつて画像の記録手段としてビデオテープのVHS方式とベータ方式の争いは大きな話題になりましたが、ビデオテープは廃れてしまい、これに替わってデジタル方式のCDやDVDなど光ディスクが登場しました。
テープは直線的に走行させ、ディスクは回転させてヘッドと呼ばれるデータの書き込み、読み出し装置のディスクに対する位置を変え、連続的なデータの記録また読み取りを行います。このため、ひとまとまりのデータに名前を付け、それがどこから始まり、どこで終わっているかなどの規則を作り、それを規格としておかないと、記録したデータを互いに利用することができません。
ビデオテープは磁気記録方式の一つですが、コンピュータの外部記憶装置としてもかつて使われ、これがディスクに置き換えられてPCにも広く使われています。またCDやDVDはレーザ光の反射率の変化によってデジタル情報を記録するもので、光ディスクと総称されます。
ディスクはその物理的サイズがまずは標準化されています。決まったサイズのディスクのどこにデータが記録されているかは正確に定めておく必要があります。記録データの形式も音楽用と一般データ用でそれぞれ標準化されています。ディスクには読み出し専用のもの、1回だけ書き込めるもの、複数回の書き込みができるものなど多種類がありますが、大体は共通の録画再生機で読み書きができるようになっています。
コンピュータ用の大容量記憶は従来磁気記憶が主流でしたが、次第に半導体メモリに置き換えられつつあります。半導体メモリは可動部がなく番地指定による記憶が行われます。したがってコンピュータとのインタフェースは全く異なりますが、利用者側からはどちらが使われていても区別がないようにデータの形式は標準化されています。
(5)組織の運営、管理手段(マネジメントシステム)の標準化(15項参照)
これは上記1~4とはだいぶ性格の異なるものです。製品を生産し販売する事業者にとって、製品に不良品が混じらないようにすること、あるいは混じることが避けられない場合には最悪どのくらいの割合に抑えるようにすることは極めて重要です。このようにすることを品質管理と言いますが、これを行うには直接、製品の製造に関わる人はもちろん、製品を出荷できるか検査する人、これら全体を統括管理する人などの組織としての運営が必要です。
そこで組織で品質管理を行うための運用方法自体を標準化することが考えられます。これは従来会社ごとに社内規格を設けて行われてきたことですが、公的に標準化すれば、組織間で品質管理の仕方に違いがないことを示せるので、製品を購入し利用する側にとってその規格に従って運営されている組織に対する信頼度が増します。
代表的な規格として品質管理方法を定めた国際規格のISO9000シリーズがよく知られています。この他、ISO14000シリーズという環境マネジメントシステムについての標準も制定されています。企業などによる環境汚染の防止、低減に関する活動の基準を定めたもので、いずれも認証機関による認定を得ることにより、企業などの環境保護に対する姿勢を示すことができます。
(6)公益、福祉のための標準化(16項参照)
世の中には子供用の道具、器具というものがあります。体が小さい、力が弱い、理解力が足りないなど、子供の特質を考慮した設計がなされた製品です。これと同様に、高齢者や障害者用として設計された製品も必要と考えられます。
このような設計はどのように行うのがよいか、その設計指針を規格化する動きがあります。このような設計をアクセシブルデザインと呼び、すでにいくつかの規格が制定されています。視覚を補うため、聴覚を補うため、運動機能を補うため等々についてどのような設計を行ったらよいのかの指針を規定するものです。規格のなかに人間工学の考え方が取り入れられていますが、高齢者、障害者だけのためというよりもすべての利用者にとって使いやすい製品とはどのようなものか、その設計指針を規定したものと言えるかと思います。
標準化というと物の形や寸法など物理的な規格を思い浮かべがちですが、上記のように情報関係の標準化が多岐にわたって進んでいます。さらには品質や環境に対しての組織運営やだれでも使える製品の設計指針など、初期の素朴な標準化とはかなり異なった新しい考え方に基づいた規格も制定されるようになっています。