科学・基礎/半導体物理学
37.電子のエネルギー分布

 つぎは、

   [伝導電子の数]=[伝導帯の状態密度]×[エネルギー分布]

のなかのエネルギー分布について調べます。

 これまで何度も書いたと思いますが、結晶のなかの膨大な数の電子についていちいち方程式を解くことは不可能です。それではどうするかというといろいろな近似を用いてきました。しかしその他に統計的な手法を用いるという手段もあります。

 統計といえば、平均値とか標準偏差とかいった全体を代表する値を求めることが思い出されるかも知れません。これらの数値のもとになるのが分布です。分布とは例えばある試験の成績で何点の人が何人いるか集計したものです。この集計をすれば、平均点も点数がどれくらいばらついているかを表す標準偏差も求めることができるので、その試験の問題が難しかったか易しかったかなどを判断できるわけです。

 ここで問題にするのは結晶のなかを動く電子がどんなエネルギーをもっているか、その分布がどうなっているかです。多数の電子はもちろん全部同じエネルギーをもっているわけではありませんが、かといってまったく無秩序にばらばらなエネルギーをもっているわけでもありません。あるエネルギー分布をもっています。

 結晶中に \(N\) 個の電子があり、全エネルギーが \(E\) であるとします。電子はエネルギー \(E_{1}\)、\(E_{2}\)、\(E_{3}\)・・・ の各準位に入りうるとし、各準位の電子数を \(N_{1}\)、\(N_{2}\)、\(N_{3}\)・・・ とします。つまり次式の関係があるとします。    \[\begin{align} &\sum_{i}N_{i} = N\tag{1} \\ &\sum_{i}E_{i}N_{i} = E\tag{2}\end{align}\]

 準位のエネルギー \(E_{i}\) に対して複数の状態が存在し、それぞれに対応する波動関数(固有関数)が存在している場合を考えます。1つのエネルギー固有値に対して複数の固有関数が存在していることを「縮退している」と言います。\(c_{i}\) 個の状態があるならば、「\(c_{i}\) 重に縮退している」、あるいは「縮退度 \(c_{i}\)」などと言います。

 例として3つのエネルギー準位 \(E_{1}\)、\(E_{2}\)、\(E_{3}\) がそれぞれ3重に縮退している場合を考えてみます。この場合、電子の配置 \(N_{1}\)、\(N_{2}\)、\(N_{3}\) の組み合わせはのようになります。ここで重要なことは電子は同じ状態には1つしか入れないということです。これはパウリの排他原理による制約です。

      E1   E2   E3  固有関数の数   系のエネルギーE 
 N1 N2  N3  ψ11   ψ12  ψ13  ψ21  ψ22 ψ23   ψ31  ψ32  ψ33
 3  0  0  ○   ○   ○              1  3E1
 0  3  0         ○   ○   ○        1  3E2
 0  0  3               ○   ○   ○  1  3E3
 2  1  0   ○   ○     ○            9  2E1+E2
 0  2  1         ○   ○     ○      9  2E2+E3
 1  0  2   ○             ○   ○    9  2E3+E1
 1  1  1   ○       ○       ○      27  E1+E2+E3

 エネルギー \(E_{1}\) の準位だけに3個の電子が集中している場合、    \[N_{1}= 3,\; N_{2}= 0,\; N_{3}= 0\] の場合の系のエネルギー \(E\) は    \[E= 3E_{1}\] です。\(E_{2}\)、\(E_{3}\) の準位にだけ電子がいる場合もそれぞれの準位のエネルギーの3倍が系のエネルギーになります。

 これに対して3つのエネルギー準位に各1個の電子がいる場合、    \[N_{1}= 1,\; N_{2}= 1,\; N_{3}= 1\] については、各準位の電子の固有関数は3種類のいずれかをとる可能性があります。したがって \( 3\times 3\times 3=27\) 種類の固有関数があることになります。系のエネルギーはどの場合も    \[E=E_{1}+E_{2}+E_{3}\] です。

 また1つの準位に2個、他の準位に1個、3番目の準位は空いている場合があります。この場合電子の固有関数は \(3 \times 3=9\) 通りあります。系のエネルギーは    \[E= 2E_{1}+E_{2}\] など3通りになり得ます。

 上記の例を参考にして、\(N_{i}\) 個の電子を \(c_{i}\) 個の状態に割り振る場合の数を考えます。各状態に1個の粒子しか入れないので、最初の1個の電子は \(c_{i}\) 通り、2番目の電子は \(c_{i-1}\) 通り、\(N_{i}\) 番目の電子は \(c_{i-N_{i}+1}\) 通りの入りうる準位があることが分かります。したがってこのときの場合の数 \(w_{i}\) は    \[\begin{align} w_{i} &= \frac{c_{i}\left ( c_{i}-1 \right )\cdots \left ( c_{i}-N_{i} +1\right )}{N!} \\ &= \frac{c_{i}!}{N_{i}!\left ( c_{i}-N_{i} \right )!}\tag{3}\end{align}\] となります。\(N_{i}!\) で割ってあるのは振り分ける順序は問題としないためです。さらにすべての電子、\(N_{1}\)、\(N_{2}\)、\(N_{3}\) ・・・ についての振り分けを考えると、その総数 \(w\) は    \[w = \prod_{i}\frac{c_{i}!}{N_{i}!\left ( c_{i}-N_{i} \right )!}\tag{4}\] で与えられます。ここで記号 \(\prod_{i}\) は \(i\)の違うものを全部掛け合わせるという意味です。

 ここで熱平衡状態においてどのような電子の配置が実現するかですが、系の各状態の現れる確率は平等です。このため系の固有関数の数がもっとも多くなるような状態が実現することになります。

 そこで \(w\) を最大にする電子の配置を求めます。そのためにテクニックとして上式の対数をとると便利です。    \[\ln w= \sum \ln g_{i}!-\sum \ln N_{i}!-\sum \ln \left ( c_{i}-N_{i} \right )!\tag{5}\]

 \(c_{i}\)、\(N_{i}\) は1より十分大きいとして、スターリングの公式    \[\small \ln A!= A\ln A-A\] を使うと    \[\ln w= \sum_{i}\left ( c_{i}\ln c_{i}-N_{i}\ln N_{i} -\left ( c_{i} -N_{i}\right )\ln \left ( c_{i}-N_{i} \right )\right )\tag{6}\] となります。

 (6)式を \(N_{i}\) で微分して    \[\frac{\partial \ln w}{\partial N_{i}}= \sum_{i}\ln \frac{c_{i}-N_{i}}{N_{i}}\tag{7}\]  \(w\) が最大になる条件は    \[\mathrm{d}\ln w= \sum_{i}\left ( \ln \frac{c_{i}-N_{i}}{N_{i}} \right)\mathrm{d}N_{i}= 0\tag{8}\]

 一方(1)、(2)式より    \[\begin{align} &\sum_{i}\mathrm{d}N_{i} = 0\tag{9} \\ &\sum_{i}E_{i}\mathrm{d}N_{i} = 0\tag{10}\end{align}\] です。

 (8)式を(9)、(10)式の条件で解くためにラグランジュの未定係数法というテクニックを使います。(9)、(10)式に定数 \(\alpha\)、\(\beta\) をそれぞれ掛けて(8)式に足します。    \[\sum_{i}\left ( \ln \frac{N_{i}}{c_{i}-N_{i}} +\alpha +\beta E_{i}\right )\mathrm{d}N_{i}= 0\] これが成り立つためにはカッコ内が 0 である必要があります。    \[\ln \frac{N_{i}}{c_{i}-N_{i}} +\alpha +\beta E_{i}= 0\] これより    \[N_{i}= \frac{c_{i}}{\exp \left ( \alpha +\beta E_{i} \right )+1}\tag{11}\] が得られます。これをフェルミ・ディラック(Fermi-Dirac)統計と呼びます。電子数 \(N_{i}\) が縮退度 \(c_{i}\) に比べて十分小さいときは    \[N_{i}= \frac{c_{i}}{\exp \left ( \alpha +\beta E_{i} \right )}\tag{12}\] となります。これをボルツマン(Boltzmann)統計と呼んでいます。

 この式のなかで定数として置いた \(\alpha\) と \(\beta\) を定めないと実際に使うことができません。まず \(\beta\) について考えます。全電子数 \(N\) は前項で求めた状態密度 \(D\left ( E\right )\) と電子数 \(N_{i}\) の積を積分したものですから    \[N= C\int_{0}^{\infty }\sqrt{E}\mathrm{e}^{\beta E}dE\tag{13}\] と書けます。ただし後の計算を簡単にするため、\(N_{i}\) は(12)式を使いました。また定数部分をまとめて \(C\) としています。このなかには(12)式のなかの\(\exp \left (\alpha \right )\)も含んでいます。

 また全エネルギー \(E\) は    \[E= C\int_{0}^{\infty } E\sqrt{E}\mathrm{e}^{\beta E}dE\tag{14}\] です。これは部分積分をすることによって    \[\begin{align} E &= \frac{1}{\beta }\left [ E^{3/2}\mathrm{e}^{\beta E} \right ]_{0}^{\infty }-\frac{3}{2}\frac{1}{\beta }\int_{0}^{\infty }E^{1/2}\mathrm{e}^{\beta E}dE \\ &=-\frac{3}{2}\frac{1}{\beta }\int_{0}^{\infty }E^{1/2}\mathrm{e}^{\beta E}dE \end{align}\] と書き直せます。

 これより電子1個の平均エネルギー \(\left \langle E \right \rangle\) は、    \[\begin{align}\left \langle E \right \rangle &= \frac{E}{N} \\ &= \frac{C\int_{0}^{\infty }E^{3/2}\mathrm{e}^{\beta E}dE}{C\int_{0}^{\infty }E^{1/2}\mathrm{e}^{\beta E}dE} \\ &= -\frac{3}{2}\frac{1}{\beta }\tag{15}\end{align}\] となります。

 ところで粒子の平均運動エネルギーは    \[\left \langle E \right \rangle= \frac{3}{2}kT\] と表されることを12項で示しました。ただし \(k\) はボルツマン定数です(波数 \(k\) と同じ記号にしていますのでご注意ください)。これより \(\beta\) は    \[\beta = -\frac{1}{kT}\tag{16}\] であることがわかります。

 つぎに \(\alpha\) についてですが、電子を各エネルギーに振り分ける場合の数 \(w\) についてはボルツマンの原理により、エントロピー \(S\) との間につぎの関係があります。    \[S= k\ln w\] この関係をはじめとして以下熱力学の知識をフルに活用しなければなりませんが、熱力学に関する説明は脇道が長くなってしまうので省略します。

 (6)式で \(c_{i}/N_{i }\gg 1\) とすると    \[\ln w= \sum_{i} \left ( N_{i}\ln c_{i} -N_{i}\ln N_{i}+N_{i}\right )\] となりますから、\(S\) は    \[\begin{align}S &= k\sum_{i}N_{i}\left ( \ln \frac{c_{i}}{N_{i}}+1 \right ) \\ &= Nk\left ( \alpha +1 \right )+\frac{E}{T}\tag{17}\end{align}\] となります。

 ここで系のギブスのエネルギー \(F\) を導入します。\(F\) は    \[F= E+PV-TS\] と表されます。\(P\) は圧力、\(V\) は体積ですが、この間の関係として状態方程式    \[PV= NkT\] を用います。すると(7)式により    \[F= -NkT\alpha\] が得られます。したがって    \[\alpha = -\frac{F}{NkT}\tag{18}\] が得られます。

 求めた(18)式の \(\alpha\) と(16)式の \(\beta\) を用いると、(13)式の \(N_{i}\) は    \[\begin{align}N_{i} &= \frac{c_{i}}{\exp \left \{ \left ( E-E_{F} \right )/kT \right \}+1} \\ &= c_{i}f\left ( E \right )\end{align}\] となります。なお、    \[E_{F}= \frac{F}{N}\] と置きました。この \(E_{F}\) はフェルミエネルギーと呼ばれます。また、    \[f\left ( E \right )= \frac{1}{\exp \left \lbrace \left ( E-E_{F} \right )/kT \right\rbrace+1 }\] をフェルミ・ディラックの(または単にフェルミの)分布関数と言います。

 \(f\left ( E\right)\) のグラフを図37-1に示します。図中の赤で示した曲線が \(f\left ( E\right )\) の一例です。\(f\left ( E\right )\) は、有限の温度 \(T\) では \(E\ll E_{F}\) のとき、\(f\left ( E\right )=1\) であり、\(E\gg E_{F}\) のとき、\(f\left ( E\right )=0\) となる関数です。\(T\)→0K\) の極限では \(E=E_{F}\) のところで 0 から 1 にステップ状に変わる関数となります。

 また図中の青い点線はボルツマン分布関数    \[f_{B}\left ( E \right )= \frac{1}{\exp \left \{ \left ( E-E_{F} \right )/kT \right\}}\] を示しています。\(E\) が大きい場合にフェルミ分布に近づくのが分かります。