科学・基礎/量子化学

2.原子軌道とエネルギー

 分子は複数の原子核とその周りの電子からできていますが、この電子がどのような状態になっているかを知ることによってどのような発光が生じるかわかるはずです。電子の状態を調べるには量子力学が必要です。

 半導体結晶を考えるために「孤立した原子からの近似」という考え方について紹介したことがあります(半導体物理学33項)。分子を扱うためにもまずは原子から考えます。原子は最小限、陽子1個と電子1個からなります。自然界の水素原子がそれに相当します。水素原子に関するシュレディンガーの波動方程式は \[\frac{h^{2}}{8\pi^{2}m}\triangledown^{2}\psi +V\psi=E\psi\] と書けます。ここでポテンシャルエネルギー \(V\) は原子核と電子の間のクーロンポテンシャルで \[V=-\frac{Ze^{2}}{r}\] と書けます。

 原子を扱う波動方程式は3次元で考える必要があります。\(\mathrm{xyz}\) 直交座標系では \[\triangledown^{2}=\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2 }{\partial z^2}\] となります。しかし原子は点対称で、ポテンシャルエネルギー \(V\) も原点からの距離 \(r\) を使って表されていますから、\(\mathrm{xyz}\) の直交座標系より極座標を使う方が便利です。極座標系では原点からの距離 \(r\) と2つの方位 \(\theta \)、\(\psi\) で点の位置を指定します。この場合、 \[\triangledown^{2}=\frac{\partial^2}{\partial r^2}+\frac{\partial^2 }{\partial\theta^2}+\frac{\partial^2 }{\partial\varphi^2}\] となります。

 この水素原子に対する波動関数を \[\psi=R\left ( r \right )\Theta\left ( \theta \right )\Psi\left ( \varphi \right )\] のように \(r\)、\(\theta\)、\(\psi\) の関数の積で表されると仮定すると、数式はかなり煩雑になりますが解くことが可能です。解法と数式は多くの量子力学の教科書に載っていますので、ここでは省略します。

 ここで重要なのは、解が \(r\)、\(\theta\)、\(\psi\) に対していずれも飛び飛びになることです。これは3つの量子数を含み、この組み合わせの場合しか許されないということです。3つの量子数は、主量子数 \(n\)、方位量子数 \(l\)、磁気量子数 \(m\) の3種類です。さらにここから直接導かれないスピン量子数 \(s\) があります。

 この量子数には組み合わせの規則があり、それは下表のようになります。主量子数 \(n=1\) に対しては方位量子数 \(l=0\) が許されます。\(l=0\) に対しては磁気量子数 \(m=0\) が許されます。このように \(n\)、\(l\)、\(m\) で波動関数が決まります。この波動関数は軌道関数とも呼ばれ、1つの電子の状態が規定されます。ただしこの状態にはさらにスピン量子数 \(s=-1/2\)、\(1/2\) の2種類が存在します。

 殻名 L      M      
  量子数   n  1 2    3
 l  0  0   1  0   1     2
 m  0  0  -1  0  1  0  -1  0  1  -2  -1  0  1  2
 s  \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\)  \(\pm 1/2\)   \(\pm 1/2\) 
 軌道名  1s  2s   2p  3s   3p     3d

 \(n=2\) に対しては \(l0\) と 1 が許されます。\(l=1\) に対しては \(m=-1\)、0、1 の3つが許されます。したがって \(n=2\) に対して \(\left (n,l,m \right ) \) の組み合わせは \(\left (2,0,0 \right )\)、\(\left (2,1,-1 \right )\)、\(\left (2,1,0 \right )\)、\(\left (2,1,1 \right )\) の4つになります。

 原子軌道は方位量子数 \(l\) が 0、1,2 に対してs 軌道、p 軌道、d 軌道と名づけられ、主量子数 \(n\) の1、2、3 と組み合わせて、1s 軌道、2s 軌道、2p 軌道などと呼ばれています。それぞれの軌道に対応する波動関数を軌道関数と呼ぶこともあります。

 表に示したように、各状態には慣用的にいろいろ名前がついています。電子の軌道は殻(shell)と呼ばれ、\(n=1,2,3 \cdots \) に対して K殻、L殻、M殻、・・と名付けられています。また方位量子数 \(l=0,1,2,\cdots \)に対してs、p、d、・・・と記号を付け、これに主量子数 \(n\) の数字を組み合わせ、各軌道を1s、2s、2p、・・・などと名前が付いています。

 以下の議論には重要になりますが、各軌道関数の固有値として各軌道のエネルギー \(E_n \) が決まり、次式のように表されます。 \[E_{n}=\frac{me^{4}}{8\varepsilon_{0}^{2}h^{2}}\cdot\frac{1}{n^{2}}\] ここで \(m\) は電子の質量、\(e\) は電子電荷、\(\varepsilon_{0}\) は真空の誘電率、\(h\) はプランク定数です。

 エネルギー \(E_n \) は主量子数 \(n\) のみによって決まり、他の量子数には影響されません。したがって同じ殻の電子の軌道エネルギーは他の量子数 \(l\)、\(m\)、\(s\) が異なっても等しくなります。これを軌道が縮重あるいは縮退しているといいます。この様子を図2-1に示します。

 エネルギーが 0 であるのは電子がまったく原子に束縛されない自由な状態にあることに対応しており、軌道にある電子はこれよりエネルギーが小さく、原子核に束縛された状態にあります。