光デバイス/受光素子
25.電荷転送素子
電荷転送素子とは聞き慣れないかもしれませんが、CCDと言えばご存じでしょう。CCDはCharge Coupled Device (電荷結合素子)の略ですが、電荷転送素子の一つです。CCDはデジタルカメラやビデオカメラの心臓部の半導体撮像素子として使われています。デジタルカメラの広告などで何百万画素という言葉をよく聞きますが、これはこの撮像素子の画素の数を示しています。
電荷転送素子とは電荷を転送することができるというデバイスの機能を表す言葉で、撮像素子とは静止画や動画を撮影するというデバイスの用途を表す言葉です。電荷転送素子で実際使われているのはほとんどCCDだけですし、現在のCCDの応用先は撮像素子だけですからほとんど電荷転送素子=固体撮像素子なのですが、電荷を転送する素子はCCDだけではありませんし、撮像以外に電荷転送素子が応用される可能性はもともとありました。また撮像素子は固体撮像素子に限ってもいまやCCDだけではないので、電荷転送素子=固体撮像素子は厳密に言うと正しくありません。そこでここでは電荷転送という機能をもった素子をまずは説明します。
半導体メモリーのところで説明したように、DRAMではコンデンサ(キャパシタ)に電荷が貯まっているかいないかで情報(1か0)を記憶しました。フラッシュメモリーなど浮遊ゲートを持つ不揮発性メモリー素子でも浮遊ゲートに電荷があるかないかで情報を記憶しています。情報を記憶するためには書き込んだり、消去できたりしなければならないので、電荷を流し込んだり、吸い出したりする必要もあります。つまり電荷を貯めておくだけでなく、思いのままに動かせないとメモリー素子にはなりません。
(1)BBD
電荷の転送とは一度貯めた電荷をどこかへ動かすことで、情報を転送することを意味しますが、このような発想自体は古くからあったようです。IGFETを使えばそれが簡単に実現できることを最初に提案したのは、オランダのフィリップス社です。1969年に早くも特許が出願されています(1)。
最初に提案された素子はCCDとは少し違い(どこが違うかはCCDが出てきたときに説明します)、BBDと名付けられています。BBDとはBucket Brigade Deviceの略です。
図25-1がBBDの素子構造を示す断面図です。n型Si基板の表面に一列に多数のp型領域を設けてあります。その上をSiO2絶縁膜が覆い、その上にゲート電極が設けられています。p領域は狭い間隔を開けて単純に配列されています。IGFETで言えば隣合うドレインとソースが切れ目なく続いていることになります。ゲート電極は普通のIGFETと違って一つのp型領域の大部分を覆うようにしてあります。
ゲート電極は交互に接続されていて、隣の電極はVaとVbのように異なる電位にできますが、1つおきの電極はいつも同電位になります。動作原理は図25-2(a)~(d)に示されています。
(a)VaとVbを等しくマイナスの電位にすると、基板表面の電位はIGFETで言えばソースとドレイン間にチャンネルができた状態になり、ここに正孔が貯まります。今すべてのチャンネル領域に正孔がいるのではなく、左端の1つにだけいるとします。 (b)VaとVbを切り換えて、Vbをより大きなマイナスにし、Va>Vbとなるようにします。すると電位が変化して正孔は隣のチャンネルに流れ込みます。 (c)その後Va=Vbに戻すと、電荷(正孔)は隣に移っています。 (d)今度はVa<Vbにすると電荷はさらに隣へ移ります。
電極がドレイン側にだけ伸びた非対称な形になっているので、電荷は元へ戻るようなことはなく、右側へ移ります。このような電圧のかけ方を繰り返すことによって、電荷は次々に右側へ転送されていくことになります。これがBBDの電荷転送の原理です。
(2)CCD
CCDはCharge Coupled Device (電荷結合素子)の略で、代表的な電荷転送素子です。(1)で説明したBBDより1年遅れてベル研究所から提案されました。ですからBBDと独立というより、BBDを改良した素子と言った方がよいかと思います。それにしてもベル研究所がトランジスタの発明に始まり、IGFET、浮遊ゲート、そしてこのCCDと現在もっとも多く使われているデバイス群を次々と生み出しているのは驚きです。
CCDの基本特許に当たるものは、1970年に出願されています(2)。発明者はBoyle氏とSmith氏の二人です。
CCDは図25-3に示すようにSiO2絶縁膜上に多数の電極を並べただけの単純な構造をしています。BBDはIGFETを並べるという考え方ですから、ソースとドレインに当たる拡散領域を設けていました。しかしCCDは単純な構造で、ソース、ドレイン領域のような区切られた拡散領域はありません。その分、BBDより簡単で、つくるのも楽です。これが後にBBDより普及した大きな原因です。
つぎにどのように電荷を転送するか動作原理を説明します。図25-4(a)~(d)がこれを示しています。
(a)まず一つの電極(例えば電極A)にマイナス電圧をかけます。この例では半導体基板はn型ですから、電極Aの直下の半導体基板の表面には空乏層ができます。 (b)いま、半導体基板の裏側から光を当てたとします。半導体中には電子-正孔対ができ、電極にマイナス電圧がかかっているので、正孔がこれに引かれて半導体表面の空乏層中に入ります。空乏層中に電荷を入れるやり方は別に光を当てる方法でなくても構いません。とにかく最初にどこかの電極の下に電荷を置いてあると考えます。 (c)つぎに隣の電極(電極B)にもマイナス電圧をかけます。電極Aと電極Bは狭い間隔(2~3μmくらい)で作ってありますので、二つの電極の下の空乏層は繋がってしまい、そこにあった正孔はこの繋がった空乏層中に広がります。 (d)ここで電極Aにかけていたマイナス電圧を0かプラス電圧にすると、空乏層は電極Bの下だけに残り、正孔もこの空乏層内にだけいることになります。つまり最初、電極Aの下にいた正孔(電荷)は電極Bの下に移った(転送された)ことになります。
同じように電極にかける電圧を次々に変えてやることにより、電荷を右の方へ次々に転送してやることができます。普通、CCDの電極は図25-3のように結線されています。これはBBDと同じで、電極2つおきに同じ電圧がかかるようになっています。CCDのように電極が多い素子では1つ1つの電極に線を繋いで別々に外の電源に繋ぐのは大変です。配線はできるだけまとめて外に繋ぐ線は少なくしなければなりません。
CCDの場合、1方向につぎつぎと電荷を転送するためには最低でも3本の配線が必要です。(a)~(d)の手順で右に移った電荷をさらに右に移すには電極Bの右側の電極にマイナス電圧をかけなければなりませんが、配線が電極1つおきに繋がっていると、左側の電極12にもマイナス電荷がかかってしまい電荷はどちらに移るか分からなくなってしまいます。配線が3本あればこの問題はなくなります。もちろん4本以上でも構いませんが、配線は複雑になります。
配線が3本の場合は3つの電極を1まとまりと考えることができます。図25-3のように3つ先の電極の下にある電荷も同時に並行して転送されることになります。
この特許(2)の発明の名称は”Information Strage Devices”となっています。つまり初期にはCCDをまずは記憶デバイスとして応用することが想定されていたということです。これはBBDも同じです。ただし、この特許にはすでに撮像素子としても応用可能であることが記されています。CCDの撮像素子への応用については次項で説明することにします。
"Bucket Brigade"とは辞書で調べるとバケツリレーの意味です。急いで火を消すためにはみんなで協力してバケツをリレーするというのは万国共通なのでしょう。デバイスとしては電荷を次々に受け渡していくことを示そうとした命名で、なかなかいい名前だと思います。
(1)特公昭47-027573号
(2)米国特許US3858232号
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