光デバイス/受光素子
20.光伝導スイッチ-テラヘルツ波の発生と検出-
16項で説明したようにフォトコンダクタは光を当てると電流が流れるのを利用して光の検知に使うことができます。これは見方を変えると光を当てる、当てないで電流をオンオフできるスイッチになるということです。
このようなスイッチはかつて街路灯など屋外灯のオンオフによく使われていました(現在もCdSなどを使った素子が市販されています)。周囲が暗くなると照明のスイッチを入れ、明るくなると切るという光に反応するスイッチです。もっともフォトコンダクタは明るくなると電流が流れるようになるので、屋外灯のスイッチとして使うにはオンオフを反転する回路が必要です。
このようにスイッチとしてフォトコンダクタを使ったものを光伝導スイッチと言いますが、上記のような屋外灯のスイッチなどには現在ではフォトダイオードかフォトトランジスタが多く使われていると思います。照明光源も発光ダイオードに替わっています。
ここで光伝導スイッチを取り上げたのは少し特殊な応用を紹介するためです。19項では紫外線より波長の短いX線の検知について説明しましたが、ここでは赤外線よりも波長の長い光について取り上げます。
赤外線とは波長で言うとおよそ0.7μm(700nm)から100μm近くまでの範囲を言います。これより長い波長域は一般にマイクロ波と呼ばれる電波の領域になります。このなかで波長が数mmである電波をミリ波と呼び、1mm以下をサブミリ波と呼ぶこともあります。
ここで波長1mmの電波の周波数はいくらかというとおよそ300ギガヘルツ(GHz)です。周波数は1秒間に波が何回振動するかですから、その波が1秒間に進む距離を波長で割れば周波数を求めることができます。電波は空中を光と同じ1秒間に約3億m進みますから、これを波長1mm(=1×10-3m)で割ると、3×1011Hzとなります。1GHzは109Hzですから、上の答が出てきます。
波長0.1mm(=100μm)は3000GHzに相当しますが、1000GHz(=1012Hz)には1テラヘルツ(THz)という単位名が付いています。そこで大体サブミリ波の波長範囲をテラヘルツ波とも呼んでいます。もう少し広げて10THzくらいまで含めて言う場合もあり、まあ1THz前後のことと思ってよいと思います。
このテラヘルツ波ですが、開拓がもっとも遅れた波長域です。ミリ波までは通信用として実用になっていますし、波長10μmの遠赤外光は炭酸ガスレーザで発生でき、レーザ光を使った加工などに活用されています。しかしこの間の波長の電磁波は発生も検出もなかなか難しいのです。
1THzの波は1回振動するのに1×10-12秒(=1ピコ秒(ps))しかかかりません。このpsの速さは電子回路で実現するのが非常に難しい範囲になります。一方、波長1mmはエネルギーにすると約0.001eVでこのような小さなエネルギー差に相当する光を物質から出させるのも困難です。
ここで登場してきたのが光伝導スイッチです。この光伝導スイッチを使うとpsレベルの短い電気パルスが発生できることを提案したのは、ベル研究所のオーストン(D.H.Auston)という人で、1981年頃のことです(1)。
図20-1に示すように、光伝導スイッチの構造は簡単です。基板の上に2本の金属線を直交するような方向に載せただけのものです。2本の金属線の間には幅数μmのギャップが開けられています。基板表面はフォトコンダクタで、このギャップ部分に光を当てると2本の金属線に電流が流れます。
ここで重要なのは電子回路的なやり方で幅がpsの電気パルスを発生させるのは難しいのですが、光のパルスならできるということです。この光の短いパルスの発生法もここで説明することはしませんが、可視光や赤外光を発生するレーザからpsレベルの短い光パルスを出すことは可能です。
この短い光パルスをフォトコンダクタに当てると短い時間電流が流れ、幅の短い電気パルスが発生します。このように短い光パルスを当てて短い電気パルスを発生する図20-1のような光伝導スイッチのことを発明者に因んでオーストン・スイッチという呼び名がついています。
ただし問題もあります。普通、原子に光が当たってから電子-正孔対ができるまでの時間は非常に短く、これは問題ないのですが、光が切れても伝導帯の電子または価電子帯の正孔はずぐになくならずに残ります。その場合、光パルスは短くても電気パルスは幅が長くなってしまうという問題が起きます。
この問題を解決する方法としては図20-2のようにエネルギーギャップの中央付近に準位を作るという手段があります。発生した電子と正孔はともにこの準位に落ち込んで光を出さずに再結合し、消滅します。この消滅は伝導帯の電子が価電子帯へ落ちるのに比べて非常に速く起きますから、電子が伝導帯に残る時間が短くなり、光が止まると電流もすぐに止まるようになります。
このようなバンドギャップ内の準位は何か不純物を入れてつくる場合もありますが、結晶に欠陥をつくり、それを利用する場合もあります。シリコンにイオンを打ち込むとか、GaAsを低温で成長させるなどといった方法が用いられています。このような準位は例えば発光素子などにはあってはならないものですから、このような材料も普通は使わない特殊なものということになります。
その後、しばらくして光伝導スイッチ(オーストン・スイッチ)がテラヘルツ波の発生、検出に使えることが提案されています。図20-3はIBM社が1988年に提案したテラヘルツ波発生装置、検出装置です(2)。その後、まったく異なる原理ですが、テラヘルツ波レーザを発生する半導体レーザが開発されています(半導体レーザ、37項参照)。
光伝導スイッチに光パルス(パルス幅5ps)を当てると、電気パルスが発生しますが、一方の導線を発生したい波長の1/4の長さに延ばし、電源を接続しておくと、この導線部分がアンテナ(光伝導アンテナということがあります)となって空中にテラヘルツ波の電波を出すことができます。アンテナの長さを150μmとすると、波長600μm(0.5THz)のテラヘルツ波が発生します。
受信側も同じ構造ですが電源をつないでいません。テラヘルツ波が到来するとアンテナに電流が誘起されます。光伝導スイッチに光パルスを当てるとテラヘルツ波が来ているときと来ていないときには光電流の大きさが異なるので、テラヘルツ波の検出が光パルスを当てたタイミングで検出できることになります。
テラヘルツ波は遠赤外光と同じように物体内に浸透する性質があります。人体に害を及ぼすことがないと考えられているので、X線に代わる透視手段として応用できる可能性があります。その他、生体などの新しい波長域での分析用としても期待されているようです。しかしまだよく利用されている応用分野はないようです。
(1)アメリカ特許US4482863号
(2)特開平02-076347号(対応アメリカ特許US5056111号)
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