産業/特許

16.発明とは<法律>

 大方の特許制度の解説書ははじめに発明とは何かというところから説明が始まっているかと思います。これから特許を出願しようとしている人のためにはその方がよいと思いますが、このページでは技術資料として特許を利用していこうという立場ですので、実際に特許を調査をするのに必要な知識を説明しています。

 そこでまずはどのようにして特許文書である公報にたどり着き、そこには何が書いてあるのかを理解するための最低限の知識を説明してきました。そんなことから肝心の「発明」とは何かについては暗黙の了解のもとに進めてきました。ここで遅ればせながら「発明」とはなにかについて触れておきます。

 「発明」の定義は特許法第2条に明記されています。

「(定義)第2条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」

 この定義の説明も実例に沿ってやってみたいと思います。特許文書のなかで「発明」を記述しているのは、特許請求の範囲(請求項)です。これまで例示してきた特許2540791号の請求項1をもう一度書き下すと次の通りです。

【請求項1】 気相成長法により、p型不純物がドープされた窒化ガリウム系化合物半導体を成長させた後、実質的に水素を含まない雰囲気中、400°C以上の温度でアニーリングを行い、上記p型不純物がドープされた窒化ガリウム系化合物半導体層から水素を出すことを特徴とするp型窒化ガリウム系化合物半導体の製造方法。

 ただしこれは無効審判に対してなされた訂正後のものです。審査を経て、さらに無効審判に耐えた請求項ですから、ここに記されていることはれっきとした発明と言ってよく、であればそれは上記の「発明」の定義にしたがっているはずです。

 ここでの「自然法則の利用」とは何でしょうか。まずは「気相成長法により、(中略)半導体を成長させ」ることは自然法則の利用そのものと言えます。気相成長法では原料となる気体を流体の運動の法則によって基板上に運びますし、やってきた気体状の原料は化学反応の法則にしたがって反応して半導体を形成します。エピタキシャル成長であれば、基板上にやってきた原子が熱エネルギーによって基板上を移動するのも物理法則に則ったものです。気相成長法により半導体を成長させることは自然法則の利用そのものと言えます。

 では「技術思想の創作」とは何でしょうか。「p型不純物がドープされた窒化ガリウム系化合物半導体層から水素を出す」ようにすればp型窒化ガリウム系化合物半導体ができる、という考え方が示されていますが、これがここでの技術思想、技術的なアイデアです。

 もちろんこれが正しいかどうかは実験などで確かめなければわかりませんが、ここまで書かれていることが「自然法則を利用した技術的思想の創作」であると言ってよいと思います。

 そして実験によって確かめられたのが、「実質的に水素を含まない雰囲気中、400°C以上の温度でアニーリングを行」えばよい、ということでした。明細書と図面にはこれを裏付ける実験データが明記されています。審査や審判の経過をみても、このような実験に基づく規定が、「発明」が特許として認められるかどうかにとっては重要です。

 どんなことが「発明」でないかを考えればよりわかりやすいかと思います。数学の定理の証明方法は決められた規則によって進められるもので自然法則を利用しているとは言えないとされています。さらには暗号の作成やいろいろなゲームのルールなども人が決めるもので自然法則によるものではありませんから、これらを考えたとしても発明にはなりません。また新たな物質の発見など発見は発明とは見なされません。自然法則自体の発見も発明ではありません。しかし新しい物質の合成方法は発明となり得ます。

 なお、上記の発明の定義の最後に「・・のうち高度なもの」というくだりがあります。これは実は実用新案の「考案」と「発明」を区別するために加えられたもので、「考案」の定義は「発明」の定義のうち、この部分「のうち高度なもの」を除いたもので、他に違いはありません。実際には考案は物の考案だけで方法の考案はありません。この違いは結構大きな違いのように思われます。

ソフトウェア特許

 さてこの項の最後に触れておきたいことがあります。それはソフトウェアの特許についてです。ソフトウェアあるいはプログラミングの技術はここで扱っている半導体デバイスの技術とはまったく異なる分野の技術といってよいでしょう。しかし現代のコンピュータ技術あるいはIT技術は半導体デバイスの技術とソフトウェアの技術が車の両輪のように組み合わさって構成されています。半導体デバイス技術でくみ上げられたコンピュータもソフトウェアがなければまったく動かすことができません。

 このように現代の技術にとって極めて重要なソフトウェアを特許で保護したいというこの業界に携わる人々の要求は大変強いものがあったと思います。しかしここで問題となったのが、上で説明した発明の定義です。ソフトウェア自体はそもそも自然法則を利用していないと考えられるからです。確かにソフトウェアはコンピュータに何か目的ある動作をさせるために書かれる一連の命令群であるだけでそこに自然法則は関わっていないのです。

 このような文字や記号の連なりのようなものは著作物であり、著作権法により保護されます。ただし著作権法に場合は権利は創作された時点ですべての著作物に発生し、特許のように出願、審査、番号による権利の登録などはありません。万一、盗作や無断コピーなどが発生した場合は権利侵害を訴えることができますが、ソフトウェアの場合は一般の芸術作品などの著作物に比べると著作物自身は人目に付くものでもなく、それがコンピュータなどにより効果を発揮した場合に侵害が間接的に疑われるに過ぎず、権利を確実に守れるのかやや不安が残ります。

 ソフトウェアの特許については1980年代ころから議論がなされてきましたが、国ごと、特にアメリカと欧州と日本の間、で考え方が一致するには至っていません。日本では「自然法則の利用」の要件が必要であるので、ソフトウェアのみ、すなわちアルゴリズムのアイデアのみでは自然法則を利用していないと見なされます。特許権を得るためには、必ずハードウェアとの組み合わせが必要とされます。ハードウェアといってもソフトウェアを収録する記憶媒体の組み合わせでもよいとされた時代がありましたが、現在はハードウェアと協働することが必要とされています。逆にいうとコンピュータなどの処理装置はソフトウェアがないと動作しないわけで、コンピュータなどを動作させるための構成要素としてしか認められないことになります。したがってソフトウェア特許というジャンルは必ずしも必要でなく、コンピュータシステムの発明の内容がハードウェア寄りかソフトウェア寄りかに過ぎなくなってくるように思われます。

 アルゴリズムそのものは確かに自然法則は利用していないですが、新規なアルゴリズムが開発される際には技術思想の創作はなされていると考えられます。処理速度の改善など量的な効果だけでなく、人間の負担の軽減など質的効果を生む技術思想をもつ新たなソフトウェアが作られています。このようなことを考えると、無理に現在の特許制度のなかに位置づけるよりも、ソフトウェア独自の保護システムを新設する方がよいのではないでしょうか。

 なお、上記特許法2条の4項には「この法律で「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。以下この項において同じ。)その他電子計算機による処理の用に供する情報であつてプログラムに準ずるものをいう。」という定義が2002年に加えられています。

 またその前の3項には「この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。1 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)(以下略)」との規定があり、プログラムの発明も一般の物の発明と同じように考えることになっていて、さらにネットワークを通じての販売なども一般の物の販売などと同じように扱うことになっています。だからといって自然法則を利用していることにしたわけではないので、はっきりしないところは残っています。

 最後にソフトウェア特許の実例を挙げておきます。

特許4743919号:これはアップル社の特許で、韓国のサムソン社と係争を繰り広げたことで知られています。発明の内容は請求項が長文なので引用はしませんが、スマートフォンなどのタッチパネルに関するものです。タッチした指を画面の下方へ擦るように動かすことにより、画面を下へスクロールできますが、指を勢いよく下方へ動かすと勢いよく早く画面をスクロールできますが、画面があるところで終わると、そこで止まるのではなく、やや跳ね返るように逆戻りして止まる動作をするのをご存じかと思います。あの跳ね返り動作の表示を行う新しいソフトウェアがこの特許の発明です。ディスプレイとの協働がなされる例です。

特許4959817号:これはアマゾン・コムの特許です。これはビジネスモデル特許の典型例として知られるものです。いわゆるワン・クリックあるいはシングルアクションで商品の注文を可能にするソフトウェアの特許です。ビジネスに応用されるソフトウェアについての特許群をビジネスモデル(あるいはビジネス方法)特許として一時新分野の発明として注目されましたが、現在ではソフトウェア特許と同じ範疇にあると考えられているようです。