科学・基礎/結晶光学
14.結晶光学素子(その1 直線偏光子)
12項では異方性光学結晶として一軸性結晶の特性について説明しました。この項と次項では、その一軸性結晶の特性を利用した結晶光学素子を取り上げます。
一軸性結晶を作る物質は多数知られていますが、ここでは前項でも触れた、古くから知られ光学素子として応用されてきた方解石を取り上げます。方解石は天然に産出する炭酸カルシウム(CaCO3)の結晶で、英語名のカルサイト(Calcite)とも呼ばれます。
この方解石を形作っている力はイオン結合と考えられます(結晶の話、3項参照)。陽イオンはもちろんCa2+イオン、陰イオンは炭酸イオン(CO3)2-で2価同士の結合です。炭酸カルシウムの結晶にはいくつかの構造が存在しますが、光学素子として使われる方解石は三方晶系(結晶の話、8項参照)に属することが知られています。
三方晶系あるいは菱面体晶系は図14-1(a)のように各稜の長さが等しく、それらがなす角は120°より小さい(90°は除く)ことを特徴としています。これは同形の菱形の6つ面で囲まれた立体です。方解石の場合は小さい方の角度が約78°(したがって大きい方は約102°)であることが分かっています。
陽イオン、陰イオンの配置は、Caイオンが各頂点と面心の位置にあります。一方、炭酸イオンは正三角形の頂点に酸素、中心に炭素がある平面状の構造をもちますが、方解石結晶では、この三角形面がすべて平行に配列し、炭素は菱面体の各稜のCaーCa間の中点と菱面体の対角線の中点とに位置します。
光学軸は図示するように菱面体の対角線に一致します。この光学軸の方向はすべての炭酸イオンの正三角形面に垂直になります。図14-1(b)は光学軸に沿って結晶を見たときの炭酸イオンを構成する炭素と酸素の配置の一部を示します。この図から光軸の周りの原子配置は三回対称になっていることがわかります。これによって光学軸方向と光学軸に垂直な方向とでは誘電率が異なり、異方性が生ずる原因となることがわかります。
方解石の結晶では、図14-1(a)に示した稜面体の各面はいずれも陽イオンのCaイオンと陰イオンの(CO3)2-が各方向とも交互に並んでいます。このため、これら各面はいずれも劈開が生じやすい劈開面になっています。この劈開面で適宜劈開した結晶片(ABCD-EFGH)を支持平面上に密着させて置いたときの斜視図を図14-2(a)に示します。
この結晶片(ABCD-EFGH)は任意のサイズで劈開したもので、単位結晶は支持平面下に仮想的に示した(EFGH-IKJL)に相当し、直線CIが光軸に相当します。
ここで光軸を含む平面で結晶を切断することを考えます。この面を主平面と言います。さらにこの切断面を劈開面に垂直になるようにします(この面を主断面と言います)。図14-2(b)はこの主断面の一つを示しています。
このように切断した結晶の表面に光を入射する場合を考えます。図14-3(a)に示すように入射光の電界が光学軸に垂直である場合は、入射光は入射角によらずに直進することになります。これは正常光であることを示します。一方、図14-3(b)に示すように電界が光学軸に平行な成分をもつ光が入射した場合は入射光は屈折します。これが異常光に相当します。
前項では簡単のために結晶表面上に光学軸がある場合についてホイヘンスの原理により光線の方向を求める方法を説明しました。しかし結晶表面として劈開面を利用する場合は光学軸は一般に結晶表面と角度をもって交わります。この場合もホイヘンスの原理により光線の方向を決定することができます。すなわち位相速度の楕円の短軸が光学軸方向に一致するように描けば、図のように入射光が屈折して進行することが分かります。
以上のように光学異方性をもった結晶はその性質を利用すると、入射光の偏光状態を変化させることができます。そこで偏光に関するいろいろな機能をもった素子が各種考案されてきました。この項ではまず直線偏光素子(linear polarizer)について取り上げます。
直線偏光素子は無偏光の光を入射して単一の直線偏光を取り出す素子です。4項の末尾で説明したジョーンズ行列は次のように表されます。
\[\pmatrix{1 & 0 \cr 0 & 0}\]
原理は上記の一軸性結晶に光線を入射して複屈折が生じれば、常光線または異常光線はいずれも直線偏光ですから、その一方を取り出せば1つの直線偏光が得られます。ただし前々項で検討したように1つの結晶内での複屈折による常光と異常光の分離角は小さく、かなり細い光線でないと2つの光線が重なってしまい、分離が難しいという問題があります。
以下で説明する偏光子はこの問題を解決するために考案された素子です。19世紀の前半に偏光現象の理解が進むとともに考案が始まり、時代とともに多くの種類が提案されています(1)。ここではそのうち代表的なものをいくつか取り上げます。
まずつぎの2つは屈折によって光線の進行方向を分けるものです。
ロション偏光子(Rochon prism)(2)
この偏光子は図14-4(a)に示すように一軸性結晶を断面が直角三角形の三角柱に加工し、2つのプリズムを作ります。一方は光軸が表面に平行になるように、他方は垂直になるようにし、図のように直角三角形の斜辺が一致するように接合します。
これに光軸が表面に平行なプリズムの側から表面に直角に無偏光の光を入射させます。すると2つのプリズムの接合面で常光線は直進しますが、異常光線は屈折します。ロションは正結晶である水晶でこの偏光子を作製しましたが、方解石など負結晶で作製した場合との違いは、異常光線の屈折の方向が逆になることです。図14-4(b)のように直進する常光線に対して負結晶では異常光線は左側に屈折しますが、正結晶では反対の右側に曲がります。
ウォラストン偏光子(Wollaston prism)(3)
ロション偏光子より出射光の分離角を大きくするように改良されたものです。外見的な構成はロション偏光子と変わりがありませんが、入射側一軸結晶の光軸方向を図14-4(c)に示すように、入射光の方向に一致させている点が異なります。こうすることで第2のプリズムへ入射するときに正常光が異常光と逆方向に屈折するようになり、これによって2つの光のなす角が大きくなって、出射面での2つの光線の出射点間の距離を広くすることができます。ただし2つの出射光とも入射光に対して角度をもってしまうことになります。
つぎに示す2つのタイプは出射光を一つだけ利用するもので、もう一方の光は反射によって屈曲させ、偏光子の外へ逃がす方法をとります。
ニコル偏光子(Nicol prism)(4)
2つのプリズムを組み合わせる構造は上記のタイプと同じですが、形状は図14-5に示す劈開した結晶を利用しています。ただし71°の角度の面を少し研磨して68°にし、もう一方の頂点を90°になるように切断して2つのプリズムに分割しています。これをもう一度、カナダバルサム(canada balsam)(5)と呼ばれる屈折率 \(n_B =1.55\) の樹脂で接着して一体にしてあります。
入射光はこの68°研磨面に下辺に平行に入射します。方解石の屈折率は \(n_o=1.658\)、\(n_e=1.468\) で、カナダバルサムの屈折率はこの中間に相当します。したがって屈折率が大きい常光線のみがこの樹脂表面で全反射することが期待できます。全反射の臨界角を \(\theta_t\) とすると、
\[\sin\theta_t =\frac{n_B}{n_o}=1.55/1.658=0.935 \tag{1}\]
となり、\(\theta_t \simeq 69^\circ \) です。劈開時の入射面の角度71°を68°に研磨したのは全反射を確実に生じさせるためであることがわかります。一方、異常光線は界面で全反射されず、第2の結晶中に入り、他端から直線偏光として出射されます。
グラン系偏光子(Glan-type prism)(6)
反射型の偏光子ですが、図14-6に示すような単純な形態のプリズムを用いて設計された偏光子で、3,4種類の変形があります。
・グラン-トムソン偏光子(Glan-Thompson prism)(7)
グラン系のなかでもっともよく知られている偏光子です。図14-6(a)に示すように断面が直角三角形の一軸性結晶のプリズムを2つ組み合わせたもので、光軸は図の面に垂直に取られています。2つのプリズムはニコル偏光子と同様にカナダバルサムで貼り合わされています。プリズムの頂角 \(\theta\) を正常光を全反射し、異常光を透過するように設定しますから、ニコル偏光子の \(\theta_t \)と同じように \(\theta \lt 68^\circ \) とすればよいことになります。
・グラン-フーコー偏光子(Glan-Foucault prism)(8)
グラン-トムソン偏光子は2つのプリズムをカナダバルサムで貼り合わせていますが、このような樹脂は紫外光領域では吸収が大きく、また劣化もしやすいため使用波長域が制限されます。この問題はプリズム間に樹脂を挿入せず、空気にすれば解決できます。プリズム間を空気ギャップとしたものをグラン-フーコー偏光子と言います(図14-6(b))。プリズムの全反射の条件は、正常光に対しては
\[\sin\theta=\frac{1}{1.658}=0.603\]
異常光については
\[\sin\theta=\frac{1}{1.486}=0.673\]
となりますから、\(37.1^\circ \lt \theta \lt 42.3^\circ \) の範囲に \(\theta\) を設定すればよいことになります。
・グラン-テーラー偏光子(Glan-Tayler prism)(9)
2つのプリズム間を空気層としたグラン-フーコー偏光子と同様の構成ですが、プリズムの光学軸を図面に平行にした点が異なります(図14-6(c))。グラン-フーコー偏光子では光軸がプリズム表面に対して垂直ですから、入射面に対して偏光方向(電界の方向)が垂直、すなわちs偏光の配置になっています(6項参照)。一方、グラン-テーラー偏光子はp偏光の配置になっています。
ブルースター角が生じるのはp偏光の場合で、一般にp偏光の場合の方がs偏光の場合より、界面での反射率が小さくなります。2つのプリズムの接合部界面を通過する偏光はp偏光の配置の場合の方が反射が少ないので、出射光強度が大きくとれることになります。すなわち、グラン-テーラー偏光子はグラン-フーコー偏光子より出射光の効率が高く、強度の高い光を使用する場合に適するように改良されたもので、名称としてはグラン-フーコー偏光子と区別されない場合もあるようです。
・グラン-レーザ偏光子(Glan-Laser prism)
これもやや商品名的な呼称で、グラン-フーコーまたはグラン-テーラー偏光子と明確に区別されない場合もあるようです。ここまで説明してきた偏光子は実際の製品としては通常、結晶(プリズム)を金属などのケースに収めてあります。これまで説明したグラン系の偏光子は正常光を反射させて排除しますが、この反射光は一般にはケース外に出射させず、プリズムとケースの間に吸収材を設けて吸収してしまう構造になっています。しかし光の強度が大きくなると吸収材からの発熱が無視できなくなり、偏光子の温度上昇を招くなど好ましくありません。そこで反射光を偏光子外に逃す窓を設けたものをグラン-レーザ偏光子と呼んでいます(図14-6(d))。原理的には反射した正常光も直線偏光なので、利用ができそうですが、透過した異常光に比べて散乱が生じやすく直線偏光の質がよくなく、透過光と同等に利用されることはあまりないようです。
なお、少し意味合いが異なりますが、グラン系の素子は偏光ビームスプリッタとしてもよく用いられています。この場合はグラン-レーザ偏光子と同様に異常光線の透過光と常光線の反射光を共に取り出せるようにします。原理は偏光子とまったく同じですが、目的は1本の光線を一定強度比の2つの光線に分けるのが目的の素子です。光学装置内や実験光学系で光線を分岐させるために有用な素子です。
上記の直線偏光子はすべて方解石を用いた例で説明してきました。現在も方解石の結晶はよく用いられていますが、これ以外の結晶、とくに人工的に大型結晶が成長できる材料も用いられるようになっています。その一例がα-BBOと呼ばれる結晶です。これはホウ酸バリウム(あるいはメタホウ酸バリウム)の略号で化学記号はBa(BO2)2と表されます。具体的な構造は省略しますが、α相とβ相という2つの結晶構造をもち、α相の方が一軸性で複屈折を生じます。α-BBOの特徴は光を透過する波長域が広く、短波長の200nm以下の波長でも透過性をもつことから、可視光域を中心とする方解石に対して紫外域での使用が必要な場合に有用です。一方、赤外域に透過域をもつ結晶としてはルチル(二酸化チタン、TiO2)が知られています。
二色性偏光子
複屈折に加えて、ある一定方向の電界をもつ光だけを吸収する性質をもつ結晶材料を利用するものです。そのような都合の良い材料が実は存在します。その代表が電気石(トルマリン)と呼ばれる古くから知られた一群の鉱物で、加熱すると帯電することからこの名があります。 AlやFeなどの金属のホウケイ酸塩を成分とし、自然界に鉱物として存在します。色彩が豊富なため宝石として知られています。
この電気石は、入射光の偏光方向によって可視光領域で吸収係数が異なるという性質をもっています。このことは偏光現象の理解が始まった19世紀の初めにはすでに知られていたようで、二色性(dichroism)と呼ばれています(10)。この結晶の光学軸に平行な電界成分をもつ偏光のみ減衰せずに透過するので、この結晶そのものが直線偏光子として機能します。
なお、上で取り上げている方解石も吸収の生じる赤外域で二色性をもつことが知られています(11)。2.5\(\mu\)m~16\(\mu\)m という波長域で有効です。一般に異方性をもつ結晶は吸収が生じる波長域で二色性をもっていることが多いようです。
結晶を用いない偏光子(参考)
偏光子には結晶の複屈折を利用しないものもあります。というか現在では数量からみれば、そちらの方が主に用いられていると言えます。その理由は主として価格にあると思われます。結晶は天然にしろ人工にしろ高価です。これに比べると以下に説明する偏光子は基本的に材料が安価であり、それが普及した主な理由と言えます。「結晶光学」からは話が逸れますが、偏光子つながりで3種類ほど簡単に取り上げておきます。
・積層型偏光子
6項で説明したように屈折率の異なる物質にブリュスター角 \(\theta_B\) で入射した光は、p偏光の反射率が 0 になり、s偏光のみを反射します。そこで反射光を取り出せば直線偏光子とすることができます。
ただしs偏光の反射率は大きくありません。6項の図6-2の例ではs偏光の反射率は 0.5 ほどありますが、ガラスなどの屈折率が小さい材料ではもっと小さくなります。このためあまり効率のいい偏光子にはなりません。
一方、p偏光は反射されずすべてが物質中に入りますから、これを取り出すことも考えられます。しかし反射されなかったs偏光の成分もともに物質中を進行しますから、物質中を進行する光はp偏光とs偏光を含む部分偏光で、そのままでは直線偏光子にはなりません。
そこで考えられたのが、図14-7のようにガラスなどの薄い透明な板を積層して配置し、反射せずに屈折、透過した光を繰り返し反射させる方法です。これを積層型(Pile of plates)偏光子と言います。このアイデアも偏光現象の理解が始まった19世紀の初めにはすでに提案されていたようです。
図のように反射は入射側表面だけでなく、ガラス板内から空気中に出る界面でも起こります。そこで反射されずに透過したs偏光成分を複数の界面で繰り返し反射すれば、取出し光量を補うことができます。ただし反射光は入射光とは直角に近く方向が異なり、また複数の出射位置からの光となるので使い易くありません。
一方、透過光の方は、s偏光成分が反射を繰り返すことによって次第に取り除かれますので、残ったp偏光成分を利用することができます。出射光の方向が入射光と平行になり、位置ずれもそれ程大きくないという利点があります。
どの程度の割合で偏光を取り出せるかを簡単に見積もってみます。まず入射角がブリュスター角のときのs偏光の反射率 \(R_s\) がどの程度の大きさになるか計算してみます。6項(7)、(9)式を用いて入射角がブリュスター角のときの反射率の式を、\(n_1 =1\)、\(n_2 =n\) と置いて求めると
\[R_s =\left (\frac{1-n^2}{1+n^2}\right )^2 \]
となります。例えば図14-7に示すように積層した \(m\) 枚目を透過して出射されるp偏光成分とs偏光成分の強度比を考えます。入射光のp成分 \(I_{p0}\) とs成分の \(I_{s0}\) の強度比は1(\(I_{p0}/I_{s0}=1\))とします。m番目の板から出射するs偏光成分の強度を \(I_{st(2m)}\) とすると、
\[I_{st(2m)}=(1-R_s)^{2m}I_{s0}\]
と書けます。図14-8は \(m\) 枚目の透明板を透過した透過光のうちのp偏光成分を割合 \(\eta\)
\[\eta=\frac{I_{pt(2m)}}{I_{pt(2m)}+I_{st(2m)}}\]
を示しています。ただし透明板をガラスとすると、屈折率は1.5程度と考えられますから、\(n=1.5\) とすると、\(R_s =0.148\) となります。また実際にはいくらか存在する透明板での光散乱や吸収は無視しています。図より \(m=10\) 枚以上であればp偏光成分は 90%以上になることがわかります。
なお、図14-7に既に示したように、入射光に対して出射光が位置ずれするのを防ぐために積層板を半数ずつ逆方向に傾斜させるなどの工夫もなされています(位置ずれを問題にしないのであれば、すべて同一方向に傾斜させた配置とすることも可能です)。
さらにこれを一歩進めて、積層ガラス板を誘電体多層膜で置き換えた偏光子も考えられています。この誘電体多層膜を異方性のないガラスプリズムで挟み、入射角がブルースター角になるように調整したものです。小型化できる利点があります。
・ワイヤグリッド偏光子
二色性偏光子と原理的には近いですが、結晶などの性質を利用せず人工的に実現した偏光子です。構造は単純で図14-9(a)に示すように金属のワイヤを平面上に一定間隔で平行に配置したものです。この金属ワイヤが並んでいる平面(図ではxy平面)は実際には使用する光の波長に対して透明な材料からなる平面基板です。この基板に垂直な方向(z方向)から光を入射します。
金属は電磁波を吸収します。これは電磁波のエネルギーが金属(導体)中の電子の運動エネルギーに変換されるためです。細い金属ワイヤの場合は、図14-9(b)に示すように、ワイヤの方向と一致する電界の方向をもつ光に対しては赤い矢印のようにその方向に電子が移動しやすいため、光がもっともよく吸収され、垂直方向の電界をもった光は青い矢印のように電子が移動しにくいためエネルギーが吸収されにくいはずです。したがって図14-9(a)のように、ワイヤの方向がy方向で、x方向に平行に並んでいる場合、z方向から無偏光の光が入射すると、電界がx方向の電磁波がもっともよく透過することになり、直線偏光子としてはたらくことがわかります。
このような偏光子を一般にワイヤグリッド偏光子と呼んでいます。この偏光子も19世紀初めにはすでに考案されていたとされています。
波長の短い光に対してはワイヤの間隔を短くする必要がありますが、ガラスなど使用波長で透明な誘電体基板上に金属膜を用いて短い周期(1μm以下)で平行なパターンを形成することは微細加工技術を用いれば容易です(12)。
・二色性フィルム偏光子
電気石などの天然物に頼らない人工の二色性フィルムを用いた偏光子で、現在、偏光子としてもっとも多く使われているのがこの二色性フィルム偏光子です。代表的用途は液晶表示装置の偏光板です。
液晶表示装置では図14-10に示すように、セル中に封じた液晶分子に画像信号で変調された電界を印加して画素ごとに配向を制御します。表示としては画素ごとに表示画像に対応した明暗を出力する必要がありますが、液晶の配向の有無、言い換えれば透過光が偏光しているか否かは明暗ではなく感知できないので、表示としては成り立ちません。
この透過光が偏光しているか否かは偏光子を配置することによって判断できます。透過光が偏光している場合は、偏光方向に直交するように配置した偏光子によって透過光が阻止され、液晶が無配向の場合は透過光が無偏光であるので透過するので、画素ごとの明暗が表示情報となります。
このような用途に結晶を用いた偏光子を使うとすれば、それ程大きな表示画面でなくても膨大な数の結晶が必要で、到底困難です。もし直線偏光子の特性をもった樹脂製の膜(フィルム)が実現できれば極めて有用です。
このようなフィルム状の偏光子は、Polaroid社を創設したL.H.Landによって発明されたことはよく知られています(13) 。Land自身を含め、いろいろな材料、製法によって二色性フィルムが作られていますが、典型的にはポリビニルアルコールのフィルムを一方向に引き延ばし(一軸延伸)、これにヨウ素を導入して作製したものが多く使われています。
高分子フィルムは延伸すると分子が延伸方向に揃って配列します。これをヨウ素(I)を含む溶液に浸すと、ヨウ素が樹脂中に浸透し樹脂の配向方向に沿って配列します。ヨウ素は可視光を吸収するので、ワイヤグリッドと同様な原理でヨウ素の配列方向と垂直な方向の電界をもつ光だけが透過することができ、偏光特性をもったフィルムが得られます。
(1)松井栄一、「偏光プリズムおよびPile of Plates」、応用物理、第35巻、1号、p.55-65 (1966)
(2)Abbé Alexis Marie Rochon (1811) (https://en.wikipedia.org/wiki/Rochon_prism)
(3)William Hyde Wollaston (1820) (https://en.wikipedia.org/wiki/Wollaston_prism)
(4)William Nicol, New Phil J. Edinburgh vol.83 (1928) 83
(5)主にカナダに生育する樹木から採れる天然樹脂(現在は合成高分子樹脂で置き換えが可能になっている)。
(6)Paul Glan: Repertorium fur Experimental-Physik, fur Physikalische Technik, Mathematische und Astronomische Instrumentenkunde, 16(1880) p.570. (https://de.wikipedia.org/wiki/Glan-Thompson-Prisma)
(7)Silvanus P. Thompson: Phil.Mag, 5, (1881) 349 (https://en.wikipedia.org/wiki/Glan-Thompson_prism)
(8) https://en.wikipedia.org/wiki/Glan-Foucault_prism(9)Archard, J. F.; Taylor, A. M. . J. Sci. Instrum. 25 (1948) 407 (https://en.wikipedia.org/wiki/Glan-Taylor_prism)
(10)物質の色または吸収曲線あるいは発光曲線が,物質の状態または入射光の偏光方向により変化する現象。「二色性」という用語は"dichroism"の訳語ですが、この語から現象を想起するのはやや難しいような気がします。
(11)T. J. Bridges and J. W. Kluver: Dichroic Calcite Polarizers for the Infrared, Appl.Optics 4,1121(1965)
(12)Bird, G.R., Parrish, M.: The wire grid as a near-infrared polarizer. J. Opt. Soc. Am., 50, 886–891 (1960)
(13)宗像秀明、市川林次郎、「偏光性フィルム」繊維と工業(日本繊維学会誌) 34,p288(1978)
(1)19世紀前半という早い時期の発明、考案については根拠となる文献等の資料が簡単には見つからない場合があり、また書誌事項がわかっても実際に閲覧するのが難しい場合もあります。ここでは科学史的な調査が目的ではないので、参考文献はわかる範囲での記録に留めます。
(2)Polaroid社は後に開発したいわゆるインスタントカメラでよく知られるようになりましたが、社名は会社設立時の商品である偏光フィルムに因んだものを残しています。なお、インスタントカメラもデジタルカメラの普及で過去のものとなりました。