科学・基礎/結晶光学
12.一軸性結晶の特性
10項では誘電率テンソルの対角成分がすべて異なるという条件で話を進めました。誘電率テンソルの成分がすべて等しい等方性結晶の場合は光学的に特異な性質は現れませんから、あえて取り上げる必要はありませんが、その中間的な条件の、3つの誘電率テンソル成分のうち2つが等しい場合があります。このような結晶を一軸性結晶と言いますが、次項でみるように偏光子への応用上、重要ですので、敢えて項を分けて、少し詳しく検討を行ってみます。ここではx軸方向とy軸方向の誘電率が等しい場合(\(\varepsilon_{rx}=\varepsilon_{ry}\)) を考えます。この場合はx軸方向とy軸方向の位相速度 \(v_x\) と \(v_y\) も等しくなります。
\[v_x =v_y =c/\sqrt{\varepsilon_{rx}}\]
この速度を \(v_o \) と書くことにします。一方、z軸方向の位相速度は
\[v_z =c/\sqrt{\varepsilon_{rz}}\]
と表せますが、こちらを \(v_e \) と書きます。この \(v_o\)、\(v_e\) を10項(2)式のフレネル方程式に代入すると
\[(v_p^2 -v_o^2)\left\{e_{kz}^2 (v_p^2 -v_o^2 )+(e_{kx}^2 +e_{ky}^2 )(v_p^2 -v_e^2 )\right\}=0\]
となりますが、ベクトル \(\boldsymbol{e}_k \) とz軸のなす角を \(\phi\) とすると、\(\boldsymbol{e}_k \) のx,y,z成分と \(\phi\) の関係は
\[e_{kx}^2 +e_{ky}^2 =\sin^2\phi\]
\[e_{kz}^2 =\cos^2\phi\]
ですから、フレネル方程式は \(\phi\) を使ってつぎのように変形できます。
\[(v_p^2 -v_o^2)\left\{v_p^2 -(v_o^2\cos^2 \phi +v_e^2\sin^2 \phi)\right\}=0\]
この式の \(v_p\) に関する2つの解を \(v_p (1)\)、\(v_p (2)\) とすると
\[\begin{align}v_p (1) &= v_o \\ v_p (2) &= \sqrt{v_o^2 \cos^2 \phi +v_e^2 \sin^2 \phi}\end{align}\]
がそれぞれ得られます。屈折率に直せば
\[\begin{align}n_p (1) &= n_o \\ n_p (2) &= \frac{n_o n_e}{\sqrt{n_o^2 \sin^2 \phi +n_e^2 \cos^2 \phi}}\end{align}\]
となります。この屈折率曲面について10項同様にx-z面に図示すると図12-1のようになります。
同図(b)、(d)に示すように、一軸性結晶では、z軸上の屈折率は \(n_o\) に一致し、x軸上では \(n_o\) または \(n_e\) のいずれかの値をとります。そこで一軸性結晶では、つぎのように2つの種類に分けて名前を付けて呼ぶことがあります。
・\(n_o \gt n_e\) の場合(図12-1(a)、(b)):負の一軸性結晶(単に負結晶と言うこともある)
・\(n_o \lt n_e \) の場合(図12-1(c)、(d)):正の一軸性結晶(正結晶)
負の一軸性結晶の例としてよく知られているのは方解石です。化学的には炭酸カルシウム(CaCO3)です。正の一軸性結晶の例としては水晶(二酸化ケイ素、SiO2)がよく知られています。
なお、一軸性結晶について10項の図10-4と同様の形式の図を描くと図12-2のようになります。
一軸性結晶の屈折率楕円体は、前項(3)式に \(n_x =n_y =n_o \)、\(n_z =n_e \) を代入して次式のように表されます。
\[\frac{x^2 +y^2}{n_o^2}+\frac{z^2}{n_e^2}=1\]
すなわち図12-3に示すように長半径 \(n_e\)、短半径 \(n_o\) の屈折率楕円体として表されます。10項で調べた特定方向の入射光の特性を一軸性結晶に適用してみると、つぎのような特徴があることがわかります。
(1)z軸(光学軸)に平行な方向の入射光については、z軸に垂直な屈折率楕円体の断面が円であることから屈折率は \(n_z=n_o\) の一つの値になります。このため結晶内を伝搬するのは常光のみで複屈折は生じません(図12-3(a))。偏光はz方向となります。
(2)z軸に垂直でxy平面に含まれる入射光については、入射光に垂直な屈折率楕円体の断面は \(n_o\) と \(n_e\) を長半径または短半径とする楕円になります。この場合、結晶内を進む光は常光と異常光に分かれて進行し、複屈折が生じます(図12-3(b))。
(3)z軸から角度 \(\phi\) 傾いた方向の入射光については、これに垂直な屈折率楕円体の原点を含む断面は常に楕円になりますから、常光と異常光に分かれる複屈折が起こります(図12-3(c))。
図12-4はこの屈折率楕円体のx-z平面における断面図を示します。ここでは負の結晶( \(n_o \gt n_e\) )の場合を示します。ここで光線はポインティングベクトル \(\boldsymbol{S}\) の方向に進行しています。このベクトル \(\boldsymbol{S}\) またはその延長と楕円との交点P’における楕円の接線LがX-Z面上の波面の方向を示すことは前項で述べた通りです。
この接線Lに原点Oから垂線ONを下ろすと、この方向のベクトル が波面法線ベクトル(\(\boldsymbol{e_k}\) はその単位ベクトルです)となります。波面は電束密度 \(\boldsymbol{D}\) に平行ですから、原点から接線Lに平行に引いた直線OQの方向がベクトル \(\boldsymbol{D}\) の方向となります。またポインティングベクトル \(\boldsymbol{S}\) の方向に垂直な直線OPの方向が電界ベクトル \(\boldsymbol{E}\) の方向に相当します。
ここでZ軸に対して傾いた方向の光線から生じる異常光の方向を数式として求めてみます。図12-4に示す楕円はx-z面における屈折率を表していますから、前項で説明したように作図によって光線の方向を求めることができます。これは幾何学的な関係が定まることを意味しますから、ここではそれをもとに数式による表示を求めます。
いま図のように光線がz軸から角 \(\phi\) の方向におけるx-z面上を進行しているとし、楕円と点P’で交わっているとします。点P’における屈折率を \(n_{e1}\)、\(n_{o1}\) とすると、この点における楕円の接線の傾き \(m\) は公式にしたがって
\[m=\frac{n_o^2}{n_e^2}\cdot\frac{n_{e1}}{n_{o1}}=-\frac{n_o^2}{n_e^2}\frac{1}{\tan\phi}\]
と表されます。この楕円の接線の傾きは波面の方向を示すので、異常光線の波面の進行方向はこれに直交することになります。したがって異常光線の進行方向の傾きを \(m'\) とすると
\[m'=\tan\left(\frac{\pi}{2}-\phi'\right )=\cot\phi'\]
となります。ただし、\(\phi'\) は波面法線ベクトル(\(\boldsymbol{e}_k\) )のz軸からの角度を示します。傾きが直交する条件である \(mm'=-1\) の関係を用いれば
\[\tan\phi'=\frac{n_o^2}{n_e^2}\tan\phi\tag{1}\]
となります。さらに \(\theta=\phi'-\phi\) とすると
\[\begin{align}\tan\theta=\tan (\phi'-\phi ) &= \frac{\tan\phi'-\tan\phi}{1+\tan\phi'\tan\phi} \\ &= \frac{(n_o^2-n_e^2)\cos\phi\sin\phi}{n_o^2\sin^2\phi +n_e^2\cos^2\phi} \\ &= \frac{1}{2}n_o^2 (\phi)\left (\frac{1}{n_e^2}-\frac{1}{n_o^2}\right )\sin^2\phi \end{align}\tag{2}\]
という関係が得られます。
つぎに実際の複屈折現象を考えます。図12-5のように空気中に置いた厚さ \(d\) の平板状の一軸性結晶に入射角 \(\phi_1\) で光が入射した場合を考えます。
ここで結晶の光入射面の法線方向が主軸(z軸)に一致しているとします。またx-y平面を界面と一致するようにとると、界面両側での入射光の位相は連続でなければならないので、空気側を(1)、結晶側を(2)で表すと、波数ベクトルのx成分は界面両側で等しく、\(k_x^{(1)} =k_x^{(2)}\) が成り立ち、したがって
\[n_x^{(1)}=n^{(1)}\sin\phi_1 =\sin\phi_1 =n_x^{(2)}\]
の関係があります。図12-4の楕円の方程式は
\[\frac{x^2}{n_e^2}+\frac{z^2}{n_o^2}=1\]
ですから、屈折率ベクトル \(\boldsymbol{n}\) のz成分は \(x=n_x^{(2)}\)、\(z=n_z \) とおいて
\[n_z =\frac{n_o}{n_e}\sqrt{n_o^2 -\left\{n_x^{(2)}\right\}^2}=\frac{n_o}{n_e}\sqrt{n_e^2 -\sin^2\phi_1}\]
と表せます。ここで \(\boldsymbol{e}_k\) とz軸のなす角を \(\phi_2^e\) とすると
\[\tan\phi_2^e =\frac{n_x^{(2)}}{n_z}=\frac{n_e}{n_o}\frac{\sin\phi_1}{\sqrt{n_e^2 -\sin^2 \phi_1}}\]
の関係が得られます。また異常光線の方向を \(\phi_2^{'e}\) とすると
\[\tan\phi_2^{'e} =\frac{n_o^2}{n_e^2}\tan\phi_2^e =\frac{n_o}{n_e}\frac{\sin\phi_1}{\sqrt{n_e^2 -\sin^2\phi_1}}\]
となります。なお、常光と異常光の屈折角 \(\phi_2^o\) と \(\phi_2^e\) はスネルの法則によりそれぞれ
\[\phi_2^o =\sin^{-1}\left (\frac{n_1}{n_o}\sin\phi_1 \right )\]
\[\phi_2^e =\sin^{-1}\left (\frac{n_1}{n_e (\phi)}\sin\phi_1 \right )\]
となります。
ところで実際の光学素子では入射光を結晶表面に垂直に入射させる場合が多いですが、図12-5の場合のように、主軸(光学軸)も結晶表面に対して垂直になっているとは限りません。これは結晶の方位は結晶の劈開面を利用して定めるのが便利だからです。このため図12-6に示すように入射光が結晶表面に垂直であり、かつ光学軸とは角度 \(\phi\) をなしているような配置が実際の光学素子では多くなります。そこでこのような場合に異常光線の方向が求まると、常光線と異常光線がどの程度分離するかが見積もれます。これは実際の光学素子を設計する際に役立ちます。
結晶表面(入射面)の法線に対して光学軸が角度 \(\phi\) 傾いていても常光線は直進します。これに対して異常光は屈折します。その屈折角を \(\theta\) とすると、厚さ \(d\) の結晶を光が通過して出射される際、常光と異常光は距離 \(d\tan\theta\) だけ隔たった位置から出射されることになります。
この配置は図12-4と同様の配置であり(入射光の方向と光学軸のなす角を \(\phi\)、異常光線の屈折角(入射光または常光線の方向と異常光線のなす角)を \(\theta\)、異常光線と光学軸のなす角を \(\phi'=\phi+\theta\) とする)、(1)、(2)式がそのまま成り立ちます。
この関係を使えば、屈折率の分かっている実際の一軸性結晶の異常光線の方向を計算で求めることができ、結晶の厚さ \(d\) に対して常光線と異常光線をどの程度分離できるか見積もることができます。以下、文献に記載されている屈折率のデータを用いて計算を行ってみます。
よく使われる結晶の屈折率のデータは多くの文献に記載されています。屈折率は温度、波長に依存しますが、例えば文献(1)によると、室温(22℃)で波長589.3nmの光(これはナトリウムのD線と呼ばれる燈色の光です)に対して、負の結晶である方解石の屈折率は\(n_o =1.658\)、\(n_e =1.486\) となっています。正の結晶である水晶については同じ条件で \(n_o =1.544\)、\(n_e =1.553\) です。
方解石と水晶の場合について、\(\phi\) を30°、45°、60°とした場合の \(\theta\) と \(\tan\theta\) の計算値を下表に示します。\(\theta\) の符号は入射光線または常光線に対して屈折する方向を示します。
<方解石>
\(\phi^\circ\) \(\theta^\circ\) \(\tan\theta\) 30 -1.754 -0.0306 45 -3.505 -0.0612 60 -5.250 -0.0918 <水晶>
\(\phi^\circ\) \(\theta^\circ\) \(\tan\theta\) 30 0.083 0.00144 45 0.166 0.00289 60 0.248 0.00433 上記の数値例からわかるように、常光線と異常光線の方向の角度差はあまり大きくありません。\(\phi\) は大きくとった方が角度差が大きくなります。また方解石と水晶の比較からわかるように常光と異常光の屈折率の差 \(|n_o -n_e |\) が大きいほど角度差が大きくなります。
(1)小川智哉、「結晶物理工学」(1976、裳華房)巻末の付表19