科学・基礎/結晶光学

9.異方性媒質中の電磁波

 前項では結晶に対して印加される電界の方向によって屈折率(誘電率)が異なる、言い換えれば異方性が生じる理由について説明しました。ここで印加される電界とは、結晶に入射する光(電磁波)によってもたらされるものです。そこでこの項では異方性をもった結晶中を電磁波がどのように伝わるかを考えます。

 3項では真空中の電磁波について説明していますが、誘電体中の電磁波も数式としては同じ形に書けます。

\[\boldsymbol{E} =\boldsymbol{E}_0 \exp i\left \{\omega t- k( \boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{e}_k)\right\}\tag{1}\]

\[\boldsymbol{B} =\boldsymbol{B}_0 \exp i\left \{\omega t-k(\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{e}_k)\right \}\tag{2}\]

 磁界の振動については電界に対応する磁界 \(\boldsymbol{H}\) を用いる場合も多いですが、ここでは3項と同様、磁束密度 \(\boldsymbol{B}\) で表します。磁性をもつ物質は考えないので透磁率は真空での値 \(\mu_0\) とみなせ、磁界と磁束密度の関係は \(\boldsymbol{B}=\mu_0\boldsymbol{H}\) で対象とする物質に依りません。

 また3項同様に波数は、スカラー量の \(k\) とその方向を示す単位ベクトル \(\boldsymbol{e}_k\) の積で示すことにします。\(\omega\) を角振動数とすると

\[k\boldsymbol{e}_k=\frac{\omega}{c}\boldsymbol{n}=\frac{\omega}{c}\left (n_x,n_y,n_z \right )\tag{3}\]

と書けます。屈折率ベクトル \(\boldsymbol{n}\) はxyz座標系で \(n_x\)、\(n_y\)、\(n_z\) の成分をもち、\(\boldsymbol{e}_k \) と同方向のベクトルで、スカラー量 \(n\) を用いてつぎのように書くこともできます。

\[\boldsymbol{n}=n\boldsymbol{e}_k =\sqrt{n_x^2 +n_y^2 +n_z^2}\cdot\boldsymbol{e}_k \tag{4}\]

 ここで角振動数 \(\omega\) における誘電率が \(\varepsilon\) である誘電体中では、マクスウェルの方程式の第2、第4式は

\[\nabla\times\boldsymbol{E}=-\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}\tag{5}\]

\[\nabla\times\boldsymbol{B}=\varepsilon\mu_0\frac{\partial\boldsymbol{E}}{\partial t}\tag{6}\]

となります。なお、電流は考えないので、(6)式では \(\boldsymbol{j}=0\) としました。媒質の誘電率 \(\varepsilon\) は \(\varepsilon=\varepsilon_0\varepsilon_r\) と書き \(\varepsilon_r\) を比誘電率と呼びます。\(\varepsilon_r\) の平方根が媒質の屈折率に等しいことになります。

 ここで(1)式を時間微分すると

\[\frac{\partial\boldsymbol{E}}{\partial t}=i\omega\boldsymbol{E}\tag{7}\]

が得られ、(2)式のナブラ、すなわち位置微分を計算すると

\[\nabla\times\boldsymbol{B}=-ik\boldsymbol{e}_k\times\boldsymbol{B}\tag{8}\]

の関係が得られます。この(7)式の関係は \(\boldsymbol{B}\) についても、(8)式の関係は \(\boldsymbol{E}\) についても同様に成り立つので、これらの関係を(5)、(6)式に用いると

\[k(\boldsymbol{e}_k \times\boldsymbol{E})=\omega\boldsymbol{B}\tag{9}\]

\[k(\boldsymbol{e}_k\times\boldsymbol{B})=-\omega\mu_0\varepsilon_0\varepsilon_r\boldsymbol{E}\tag{10}\]

となります。この(9)式を(10)式に入れて \(\boldsymbol{B}\) を消去すると

\[k^2\boldsymbol{e}_k\times(\boldsymbol{e}_k\times\boldsymbol{E})+\omega^2 \mu_0\varepsilon_0\varepsilon_r\boldsymbol{E}=0\tag{11}\]

が得られます。3項でも用いた公式によれば

\[\boldsymbol{e}_k\times(\boldsymbol{e}_k\times\boldsymbol{E})=(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k)\boldsymbol{e}_k-\boldsymbol{E}\tag{11'}\]

が成り立つので、これを用いると(11)式は

\[\left ( \frac{n^2}{\varepsilon_r}\right ) \left\{\boldsymbol{E}-(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k)\boldsymbol{e}_k\right\}=\boldsymbol{E}\tag{12}\]

となります。さらに電束密度 \(\boldsymbol{D}\) を用いれば

\[\varepsilon_0 n^2\left\{\boldsymbol{E}-(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k)\boldsymbol{e}_k\right\}=\boldsymbol{D}\tag{12'}\]

となります。ただし(3)式から \(k=\omega n/c\)、また \(c=1/\sqrt{\varepsilon_0 \mu_0}\) の関係を用いました。この(12)式または(12’)式が異方性媒質中での電磁波(光)の振る舞いを表す基本式です。

 ここで内積 \(\boldsymbol{D}\cdot\boldsymbol{e}_k\) を考えると(12’)式より

\[\boldsymbol{D}\cdot\boldsymbol{e}_k =\varepsilon_0 \varepsilon_r c\left \{(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k )-(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k )(\boldsymbol{e}_k \cdot\boldsymbol{e}_k )\right \}\]

が得られ、 \((\boldsymbol{e}_k \cdot\boldsymbol{e}_k )=|\boldsymbol{e}_k |^2 =1\) ですから

\[\boldsymbol{D}\cdot\boldsymbol{e}_k =0\tag{13}\]

が成り立ちます。したがって \(\boldsymbol{D}\) と \(\boldsymbol{e}_k \) すなわち波数ベクトル \(\boldsymbol{k}\) は直交していることになります。一方、この関係を用い、\(\boldsymbol{D}\cdot\boldsymbol{D}\) を求めると

\[\boldsymbol{D}\cdot\boldsymbol{D}=D^2 =\varepsilon_0 \varepsilon_r c\left \{\boldsymbol{E}-(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k )\boldsymbol{e}_k \right \}\cdot\boldsymbol{D} =\varepsilon_0 \varepsilon_r c\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{D}\]

となります。\(D^2 \) は 0 でないのがここでの議論の前提ですから、等方性媒質中とは異なり、電界 \(\boldsymbol{E}\) と電束密度 \(\boldsymbol{D}\) は一般には直交しないことがわかります。一方で、\(\boldsymbol{E}\) と磁束密度 \(\boldsymbol{B}\) 、またこれらとポインティングベクトル \(\boldsymbol{S}\) は媒質によらず直交していることに変わりはありません。

 この関係を図9-1に示します。図で青色で示したxy面と黄色で示したyz面はもちろん直交しています。電磁波の波面は波数ベクトル \(\boldsymbol{k}\) の方向に進行しますが、図ではこれをz軸方向にとっています。このとき \(\boldsymbol{B}\) または \(\boldsymbol{H}\) と \(\boldsymbol{D}\) はxy平面上に、\(\boldsymbol{E}\) と \(\boldsymbol{S}\) はyz面上にあり、それぞれ互いに直交しています。

 なお、\(\boldsymbol{k}\) の方向に進行する波面の速度、言い換えれば同じ位相の点が移動する速度を位相速度と言います。これは1波長 \(\lambda\) を波の1周期 \(T_p\) の時間で進む速度に相当するので、位相速度を \(v_p\) とすると

\[v_p =\frac{\lambda}{T_p}=\left (\frac{2\pi}{k}\right )/\left (\frac{2\pi}{\omega}\right )=\frac{\omega}{k}\]

となります。また(3)式の関係から

\[v_p =\frac{c}{n}\]

つまり、屈折率 \(n\) の媒質中を進行する電磁波の速度は光速 \(c\) の \(1/n\) になります。この位相速度は波数ベクトルの方向(\(\boldsymbol{e}_k \) の方向)の速度です。

 一方、光のエネルギー(強度)はポインティングベクトル \(\boldsymbol{S}\) の方向に進行することは3項で説明した通りです。ただし異方性媒質中では\(\boldsymbol{S}\) と \(\boldsymbol{e}_k \) の方向は異なります。この光のエネルギーの進行する速度を光線速度と言います。波動一般については群速度と呼ばれる量がこれに相当します。光線速度(群速度) \(v_g\) は次式で定義されます。

\[v_g =\frac{\mathrm{d}\omega}{\mathrm{d}k}\]

 したがって屈折率 \(n\) の媒質中の光線速度は

\[v_g =\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}k}\left (\frac{kc}{n}\right )=\frac{c}{n}-\frac{ck}{n^2}\frac{\mathrm{d}n}{\mathrm{d}k} =v_p\left(1-\frac{k}{n}\frac{\mathrm{d}n}{\mathrm{d}k}\right )\]

と表されます。

 位相速度 \(v_p\) と光線速度 \(v_g\) の関係を図9-2に示します。ここでは平面波を考え、時間 \(t=0\) のときの波面 0 が、時間 \(t\) が経過したときの波面 t に移動したとします。電界 \(E\) と電束密度 \(D\)、波面(等位相面)の移動方向 \(k\)と光線の進行方向 \(S\) の関係は図9-1に示したものと同じですから、\(\boldsymbol{E}\) と \(\boldsymbol{D}\)、また \(\boldsymbol{k}\) と \(\boldsymbol{S}\) のなす角を \(\theta\) とすると、

\[v_p =v_g \cos\theta\]

の関係があることがわかります。

 さて、(12)式に戻って、この式に(4)式の関係を用いると

\[(n^2 -\varepsilon_r )\boldsymbol{E}- (\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{n} )\boldsymbol{n} =0\tag{14}\]

のように書き直せます。\(\boldsymbol{E}\)、\(\boldsymbol{n}\) のxyz成分を

\[\boldsymbol{E}=(E_x, E_y, E_z )\]

\[\boldsymbol{n}=(n_x, n_y, n_z )\]

とし、比誘電率 \(\varepsilon_r\) は前項の対角化した誘電率テンソルを用いて

\[\varepsilon_r =\pmatrix{\varepsilon_{rx} & 0 & 0 \cr 0 & \varepsilon_{ry} & 0 \cr 0 & 0 & \varepsilon_{rz}}\tag{15}\]

とします。なお、上記媒質の比誘電率に対応する媒質の屈折率は、(14)式の変数としての屈折率 \(n\) とは区別して扱う必要があるので、

\[n_1 =\sqrt{\varepsilon_{rx}},~~~~n_2 =\sqrt{\varepsilon_{ry}},~~~~~n_3 =\sqrt{\varepsilon_{rz}}\]

とします。これらを用いて(14)式をxyz成分に分解すると

\[(n_x^2 +n_y^2 +n_z^2 )\pmatrix{E_x \cr E_y \cr E_z}-\pmatrix{n_1^2 & 0 & 0 \cr 0 & n_2^2 & 0 \cr 0 & 0 & n_3^2}\pmatrix{E_x \cr E_y \cr E_z}-(n_x E_x +n_y E_y +n_z E_z )\pmatrix{n_x \cr n_y \cr n_z}=0\]

となるので、これを整理すると

\[\pmatrix{n_y^2 +n_z^2 -n_1^2 & -n_x n_y & -n_z n_x \cr -n_x n_y & n_z^2 +n_x^2 -n_2^2 & -n_y n_z \cr -n_z n_x & -n_y n_z & n_x^2 +n_y^2 -n_3^2}\pmatrix{E_x \cr E_y \cr E_z } =0\tag{16}\]

という斉次方程式が得られます。この方程式が \(E_x =E_y =E_z =0\) 以外の解をもつためには係数の行列式が 0 でなければなりません(半導体物理学の23項参照)。行列式の計算はかなりやっかいですが、打ち消し合う項もかなりあり整理すると計算結果はつぎのようになります。

\[\begin{align} &(n_x^2 +n_y^2 +n_z^2 )(n_1^2 n_x^2 +n_2^2 n_y^2 +n_3^2 n_z^2 ) \\ &-\left [ n_1^2 (n_2^2 +n_3^2 )n_x^2 +n_2^2 (n_3^2 +n_1^2 )n_y^2 +n_3^2 (n_1^2 +n_2^2 )n_z^2 \right ] +n_1^2 n_2^2 n_3^2 =0\tag{17}\end{align}\]

 この式はフレネル(Fresnel)の法線方程式あるいは単にフレネルの方程式と呼ばれています。

 以上では(17)式を(16)式の斉次方程式の係数行列式が 0 であることから導きましたが、別の手順もありますので、それを記しておきます。

 (12’)式を

\[\boldsymbol{D}=\varepsilon_0 \varepsilon_r \boldsymbol{E}\]

の関係を使って変形すると次式が得られます。

\[\frac{1}{\varepsilon_0}\left (\frac{n^2}{\varepsilon_r}-1\right )\boldsymbol{D}-(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{n})\boldsymbol{n}=0\]

これをxyz成分に分解して書くと

\[D_i =\frac{\varepsilon_0 \varepsilon_{ri}n^2}{n^2 -\varepsilon_{ri}}(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k )e_{ki}~~~~(i=x,y,z)\tag{18}\]

となります。ここで上記の斉次方程式を用いる方法ではなく、(13)式すなわち

\[D_x e_{kx} +D_y e_{ky} +D_z e_{kz} =0\]

に(18)式を代入します。すると

\[\frac{\varepsilon_{rx}}{n^2 -\varepsilon_{rx}}e_{kx}^2 +\frac{\varepsilon_{ry}}{n^2-\varepsilon_{ry}}e_{ky}^2 +\frac{\varepsilon_{rz}}{n^2 -\varepsilon_{rz}}e_{kz}^2=0\]

となるので、この式の分子分母に \(1/n^2 \varepsilon_{ri}\) を掛けると

\[\frac{e_{kx}^2}{(1/n^2)-(1/\varepsilon_{rx})}+\frac{e_{ky}^2}{(1/n^2)-(1/\varepsilon_{ry})}+\frac{e_{kz}^2}{(1/n^2)-(1/\varepsilon_{rz})}=0\tag{19}\]

が得られます。上で触れた光の位相速度 \(v_p =c/n\) と \(v_i =c/\sqrt{\varepsilon_{ri}}~~~i=x,y,z\) を用いると上式は

\[\frac{e_{kx}^2}{v_p^2 -v_x^2}+\frac{e_{ky}^2}{v_p^2 -v_y^2}+\frac{e_{kz}^2}{v_p^2 -v_z^2}=0\tag{20}\]

となります。ここで \(v_i \) は電界 \(\boldsymbol{E}\) が \(i\) 方向を向いているときの光の位相速度を意味し、主位相速度と呼ばれます。さらに上式を通分すれば

\[(v_p^2 -v_y^2)(v_p^2 -v_z^2)e_{kx}^2 +(v_p^2 -v_z^2)(v_p^2 -v_x^2)e_{ky}^2 +(v_p^2 -v_x^2)(v_p^2 -v_y^2)e_{kz}^2 =0\tag{21}\]

となります。(19)~(21)式は(17)式と等価な方程式で、これらもフレネルの法線方程式と呼ばれます。上記の導出手順は、(17)式に至る際の斉次方程式の係数行列式の計算にくらべるとかなり楽であることがわかると思います。

 「法線」の意味はベクトル \(\boldsymbol{e}_k \) が波の進行方向を示すベクトルであり、これはすなわち波面の法線方向に相当していることによります。

 (17)式や(21)式は複雑で何を表しているのかわかりにくいと思います。これについては次項で特定の方向の光について例を挙げて説明することにします。

 

 

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