電子デバイス/半導体メモリ

 

18.相変化メモリ

 相変化とは何でしょうか。水は0℃を境に固体の氷になり、100℃を境に気体の水蒸気になります。これが典型的な相変化です。固体状態を固相、液体状態を液相、気体状態を気相と言い、それぞれの相が変わるのを相変化あるいは相転移と言います。

 ところで水は0℃以下に冷やしても凍らないことがあるのをご存じでしょうか。水を静かに冷やすと0℃より低温になっても液体のままであり、振動などちょっとした刺激を与えると瞬間的に凍るという現象が起こることがあります。これを過冷却現象と言いますが、相変化が起こる温度(転移点)付近では2つの相のどちらにもなれる場合があります。相変化メモリはこれに似た現象を使ってメモリを作ることを考えたものです。

 ただ電子デバイスでは固体と液体の相変化などは使い難いので、固体状態のなかでの相変化を利用します。固体状態のなかでの相変化にどんなものがあるかというと結晶状態と非晶質状態の間の変化とか、同じ結晶状態でも原子の並び方の違う結晶構造の変化などがあります。

 相変化を使ったメモリは1960年代に早くもアメリカで着想され、1970年代に入って製品化されたこともあるそうです。しかし大きく発展することはありませんでした。その後、相変化は書き換え可能な光ディスク、DVD-RWに応用され、これは現在でも使用されています。しかしコンピュータ用のメモリーとしてはまだ本格的な製品になるには至っていません。

 具体的にこれまでに開発されてきた相変化メモリーがどんなものか、2004年に日立製作所が出願した特許(1)を参照しながら紹介します。

 使っている材料はカルコゲナイドです。カルコゲナイドとはⅥ族の硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)を含む化合物のことを言いますが、変わった性質をもった物質が多いので知られ、Ge-Sb-Te系など主としてTeとSb(アンチモン)を含む材料が使われています。

 この材料に電流を流して発熱させ、相変化を起こします。アモルファス(非晶質)の状態では抵抗が高く、結晶になると抵抗が下がるので、この2つの状態の違いをメモリに使います。まとめるとつぎのような関係になります。

    非晶質→高抵抗→リセット状態「1」     結晶 →低抵抗→セット状態「0」

 相変化とメモリーの動作の関係の概略を図18-1に示します。まず最初に材料が非晶質状態にあったとして、これに電圧をかけて電流を流すと抵抗が高い状態にありますから流れる電流は小さく、図のリセット状態<1>と書かれた青線の特性を示します。ところがある程度電流が大きくなると、材料が加熱され急に結晶状態に相が変化します(単結晶になるわけではなく、多くの小さな結晶の集まりである多結晶になります)。これがスイッチングと書かれた部分で、抵抗が急に下がるので電圧が下がって電流が増加する現象が起こります(いわゆる負性抵抗特性)。この状態でセット電流領域と書かれた範囲を電流が超えないようにして電圧を下げてくると、結晶がそのままで抵抗の低い状態が保たれた赤線の特性(セット状態<0>)を示します。

 セット電流領域を超えてリセット電流領域の電流を流すと結晶が融解して非晶質に戻ります(リセット)。すると抵抗が高くなりますので、電圧が急に増え電流は小さくなります。この状態で電圧を下げれば非晶質状態(リセット状態)が保たれます。以上のサイクルによりメモリーの書き込みができます。

 読み取りの場合は、図のリード電圧範囲を超えなければ、非晶質が結晶に転移したり、その逆が起こったりすることはないので、この範囲でどちらの状態にあるかは抵抗値を調べれば分かります。図のように抵抗の高いリセット状態を「1」とし、抵抗の低いセット状態を「0」としたメモリができることになります。

 電流を流して情報を書き込み、抵抗値の大小を判定して情報を読み出すのは、磁気メモリと似ていますので、IGFETと組み合わせたメモリデバイスの構造も似ています。全体の回路構成もDRAMと同じですので、図示は省略します。

 図18-2は同じ日立社の後続の特許(2)に載っている素子構造例の概略を示す図です。下側にIGFETがあり、相変化材料膜は2つ電極に挟まれていて、一方がIGFETのソース領域に繋がっています。この構造は磁気メモリの場合とほぼ同じです。なお、相変化は英語では"Phase Change"ですので、この頭文字をとって相変化メモリのことをPCRAMと呼ぶことがあります。

 相変化メモリは熱を加えて材料の状態を変化させていますので、何度も繰り返して大丈夫かという心配があります。相変化材料の両側を強誘電体膜で覆っているのも強誘電体のピエゾ効果による伸び縮みにより相変化材料の伸び縮みを相殺するためであり、相変化材料に接する電極材料の選択も必要です。開発のひとつの焦点がここにあり、相変化材料の材料、組成や電極など周囲に用いる材料などもいろいろ検討され、改良されています。その他、書き込み、読み出しの速度、メモリセルの大きさなどの半導体メモリとして重要な因子はかなり良いレベルまで来ているようです。

(1)特開2005-260014号

(2)特開2006-120810号