電子デバイス/半導体メモリ
10.EEPROM-記憶した情報の消去法(その1)-
EPROMは電気信号で情報を書き込める不揮発性半導体メモリでしたが、情報の消去は紫外線を当てて行います。しかしこれでは不便で、消去も電気的に行えるようにしたいというのは当然の要求でした。一方でメモリセル当たりの面積をできるだけ小さくして、小さな石に大量の情報を記憶できるようにしたいという要求もありました。勿論、書き込み、読み出し、消去の各動作を高速にしたいという要求もありました。
これらの要求を満たすような不揮発性半導体メモリの開発は1980年代前半以降、活発に行われてきましたが、各要求に応える技術が複雑に絡み合っていて開発の進展はあまり分かりやすいものではありません。しかし技術のテーマは大きく分けて2つになると思います。
一つは記憶された情報の電気的な消去についてで、浮遊ゲートから電子を引き抜く方法についての研究開発です。もう一つは回路の開発です。メモリセルをどういう回路で構成し、さらに複数のセルをどう接続したらよいかという問題です。この2つの技術課題は独立ではなく絡み合っていて別々に解決できるものではありません。しかしまずは一つめの記憶の消去に絞ってみていくことにしましょう。
情報の書き込み、すなわち絶縁膜を越えて浮遊ゲートに電子を入れるには、トンネル効果を使うか、電子を高いエネルギーにして絶縁膜を乗り越えさせるか、の2通りの方法があります。トンネル効果を使うには非常に薄い絶縁膜が必要で、これを安定に作るのが難しかったため、まずは電子に高いエネルギーを与える方法が使われました。
電子に高いエネルギーを与える方法として電子なだれ(アバランシェ)破壊(電子なだれ降伏とも言う)が使われたことはすでに説明しました。その後、時代が進むにつれて、電子なだれ破壊によるという説明はあまりなされなくなり、ホットエレクトロンが浮遊ゲートに注入されるという説明が普通になっています。ホットエレクトロンというのは訳すと「熱い電子」です。あまり厳密な定義はないようですが、エネルギー障壁を越えられるような高いエネルギーをもった電子のことを言います。
話を戻しますが、IGFETのチャンネルを流れる電子のエネルギーが絶縁膜を越えられるほど高くなれば、別に電子なだれ破壊が必ずしも起きていなくてもよいので、こういう言い方になったように思われます。
チャンネル内の場合は高電界をかけて電子を加速し、半導体原子に衝突させて新たに高いエネルギーの電子を発生させるという手段がとれます。しかし浮遊ゲートにいる電子を加速することはできません。ホットエレクトロンに対してホットホール(熱い正孔)もありますので、これを発生させて浮遊ゲートに送り込み、電子と中和させるというアイデアもありましたが、書き込みのときホットエレクトロン、消去のときホットホールというふうに切り換えて発生させるのは同じチャンネルのなかでは難しい話でした。
ここで復活してきたのがトンネル効果です。例えば三菱電機社が1982年に出願した特許(1)があります。この特許をみるとEEPROMという語が記されています。最初の3文字EEPはElectrically Erasable and Programableの略で、電気的に書き込み、消去ができるという意味です。
この特許の最初の部分にFowler-Nordheim(FN)トンネル現象という語が出てきます。ファウラー-ノードハイムと読みます。これと普通のトンネル現象との違いは図10-1に示すエネルギーバンド図で説明されます。普通のトンネル現象は(a)のように厚さdの絶縁膜を電子が通り抜けるものです。ところが絶縁膜に高い電界をかけるとエネルギーバンド図は(b)のようになり、電子は伝導帯に向かってトンネルすれば、トンネルする絶縁膜の厚さがdより実効的に薄くなったことになります。つまりトンネル現象は電界が高くなるほど起きやすくなります。もちろんあまり大きな電界をかけると絶縁膜が壊れてしまいますので、限度はあります。このようなトンネル効果をFNトンネルと呼んでいて、EEPROMでもこれが利用できるというアイデアです。
この特許の素子は書き込みにもトンネル効果を使うことを考えています。素子の基本構造は概略、図10-2のようなもので、浮遊ゲートと半導体基板の間の絶縁膜の厚さを3~10nmと薄くしてあるだけで構造上は前項までのEPROM等とあまり違いはありません。ただトンネル効果を使って書き込み、消去を行う際、絶縁膜の同じ部分を電子の透過に使っているとその部分に一部の電子が残って次第に蓄積されてしまい動作が不能になるという問題が指摘されています。そこで書き込みと消去で電圧のかけ方を工夫し、書き込みと消去で電子が絶縁膜を通過する位置を変えたというのがこの特許の特徴です。これは書き込みにはホットエレクトロンを使う場合にも同じことが言えそうです。
具体的に説明してみましょう。例示されている半導体基板はp型ですから、nチャンネルIGFETの例で説明します。まず書き込みの場合ですが、(a)に示すようにソースと基板を接地し、制御ゲートとドレインに同じくらいの正の電圧をかけます。そうするとソースに対して正の電位をもつ制御ゲートに引かれて電子が赤矢印で示すようにソースから浮遊ゲートへ注入されることになります。
消去の場合は、(b)に示すように基板、制御ゲート、ソースを接地し、ドレインにだけ正電圧をかけます。すると制御ゲートに対して正電位になったドレインに引かれて、浮遊ゲートにいる電子は赤矢印で示すようにドレインへ引き抜かれることになります。つまり書き込みのときはソース付近の絶縁膜を電子がトンネルし、消去のときはドレイン付近の絶縁膜をトンネルすることになるので、行き帰りに通る経路が違うことになります。
消去のやり方はこれだけではなく、別の方法も考えられています。それは次項で説明することにしましょう。
真空管などで使われますが、空間へ電子を供給する手段として金属を加熱して電子を飛び出させる方法がありますが、このとき飛び出す電子を「熱電子」と呼んでいます。これとホットエレクトロンは言葉としては似ていますが別物です。ただエネルギーが高いという意味では似ているとも言えます。
(1)特公平4-80544号