光デバイス/発光ダイオード

9.多重量子井戸発光層

 発光ダイオードを動作させるためには電流を流さなければなりませんが、その電流は消費電力を減らすために、小さいに越したことはありません。電池で動作させている機器では大きな電流が必要な素子は使えません。また大きな電流を流していると素子そのものだけでなく、それ以外の周辺の回路からも熱が発生し装置の温度が上がり故障を引き起こしやすくなります。

 発光ダイオードでは発光層のなかに電子と正孔が注入され、それが結合して自然放出による発光を起こしますから、電子と正孔を注入するために電流を流します。この電流が大きいか小さいかは電流が流れ込む面の面積によって変わります。この面積を小さくすれば電流は減りますが、それによって発生する光の量も減ってしまいます。そこで比較は同じ面積で行う必要があります。これは単位面積当たりの電流(電流密度といいます)で比較するということで、つまりは電流密度をいかに小さくするかが問題です。

 できるだけ小さな電流密度でできるだけ強い発光を起こさせるためには、注入したキャリア(電子と正孔)を無駄なく再結合させ発光に使われるようにする必要があります。このためには、できるだけ狭いところにキャリアを閉じ込めた方がよさそうに思われます。前項(7)で説明したダブルヘテロ構造の発光層をできるだけ薄くすればキャリアはその狭い部分に閉じ込められます。

 半導体レーザの場合、活性層の厚みを減らすと発振しきい電流密度値が小さくなることが知られています。これは少ない電流密度でも活性層にレーザ発振を起こすに必要な量のキャリアが供給されることを意味しています。発振しきい値より小さい電流密度のとき、素子はLEDの動作をしますから、LEDにおいても活性層の厚みが薄いほど、小さい電流密度で同等の量のキャリアが供給され、同等の強さの光が放出できることになると考えられます。

 では発光層をどんどん薄くしていくとどうなるでしょうか。そうなると発光層に入りうるキャリアの絶対数が制限されることになります。発光は効率よく起こってもキャリアの絶対数が少なくては発光強度は大きくなりません。

 ではどうするかというと、この薄い発光層を平行に複数積み重ねることが考えられました。早くも1980年代初めには図9-1のような構造のLEDが提案されています(1)。基板の上に下部クラッド層、発光層、上部クラッド層の順に積層された層構造が作られます。例えば基板をn型GaAsとし、下部クラッド層はn型AlGaAs、上部クラッド層はp型AlGaAsとすることができます。本当は上下に電極がなければなりませんが、ここでは省略しています。半導体層ももっとも基本となる3層のみを示していますが、実際にはさらに他の層が積層されるのが一般的です。

 発光層は右側に拡大図を示していますが、薄い2種類の層が交互に積層されています。この2種類の層は図9-2に示すエネルギーバンド図のようにバンドギャップエネルギーの大きい層と小さい層が交互に繰り返されています。これは例えばAlGaAsのAl成分の多い層と少ない層を交互に重ねることで実現できます。図では3層ずつ計6層になっていますが、実際にはもっと層数を多くした方が効果的です。ただし層数を多くするほど作るのが難しくなるので、適当なところを選ぶことになります。各層の厚みは通常20nm以下です。このような構造は多重量子井戸構造と呼ばれます。バンドギャップエネルギーの小さい方の層を量子井戸層、大きい方を障壁層と呼びます。

 外部から注入された電子はバンドギャップの小さい量子井戸層に落ち込みやすく、一旦落ちると周囲がバンドギャップの大きい障壁層に囲まれているため、容易に外へ出られず、量子井戸層内に閉じ込められます。正孔も同じで、電子と正孔がともに薄い量子井戸層のなかに閉じ込められることになります。これは電子と正孔が再結合しやすい状態ですから、発光は起こりやすくなります。各層は薄いのでそのなかに電子と正孔は多くは入れませんが、同じ層を多層に重ねることで全体として電子と正孔の数を増やすことができます。

 可視光のLEDを最初に開発したホロニャック(N. Holonyak)も同時期に多重量子井戸を採用したLEDを提案しています(2)。ただしこの文献は製造方法に関するもので、発光特性についてはあまり書かれていません。

 最近では発光層を多重量子井戸にした構造は当たり前のように採用されるようになっています。

(1)特開昭57-152178号

(2)特開昭58-500681号(特公昭63-51557号)