光デバイス/半導体レーザ

20.ヘテロ接合の活用

 半導体レーザが室温で長い時間動作し続けられるようになった技術的ポイントはダブルヘテロ接合の採用にありました。1962年に半導体レーザが液体窒素の温度で初めてパルス動作したときは単一のホモ接合でしたから、1970年までの間にヘテロ接合の利用という新しい発想があったはずです。

 発光デバイスにヘテロ接合を使おうという考え方は早くも1963年には提案されていました(1)。この特許の出願人はベーリアン・アソシエーツとなっていますが、これはVarian Associatesのことで、日本では普通バリアン社と呼ばれています。アメリカのシリコンバレーを本拠とする真空機器メーカです。発明者はハーバート・クローマーとなっていますが、原語の綴りはKroemerですので、クレーマーと書いた方がよいかと思います。

 この特許、発明の名称が「ヘテロ接合固体発光装置」となっていてアメリカでの出願は1963年です。日本での出願は翌1964年ですが、当時は公開制度がまだなく、内容を読むことができるのはアメリカ出願からちょうど10年後の1973年発行の公告公報になります。

 内容を少し読んでみると、従来のホモ接合では十分に高い密度のキャリアを注入することはできないという問題点が指摘され、これを解決する手段として言葉は出てきませんが、ダブルヘテロ接合が提案されています。請求項1の表現を少し長いですがそのまま書いてみますとつぎの通りです。

 「一緒に合わさってヘテロ接合をつくり、一方が注入電極領域となり、他方がベース領域となる少くとも2つの異なる型の半導体をもち、注入電極領域はベース領域の両側にある半導体注入電極領域を含み、半導体注入電極領域は互に反対の伝導型をもち、注入電極領域をつくる半導体材料の禁制帯幅はベース領域のそれより大きく、半導体注入電極領域はベース領域より高い不純物添加レベルをもち、注入電極領域とベース領域は互に物理的に関連していて注入電極領域からベース領域へ担体を注入するバイアス装置があり、ベース領域の担体蓄積は注入電極領域の不純物添加レベルを越えるがベース領域から注入電極領域への担体流入を阻止するようになっている、ヘテロ接合固体光学周波放射装置。」

 実施例と図を使ってもう少し書かれていることを説明します。具体的な素子の構造は図20-1のようなものが提案されています。

 冒頭の「一緒に合わさってヘテロ接合をつくり、一方が注入電極領域となり、他方がベース領域となる少くとも2つの異なる型の半導体をもち、」の部分ですが、「ベース領域」という言葉は構造の似ているバイポーラトランジスタからきていると思われます。今で言う活性領域のことで、図では番号10で示す部分がそれに当たります。「注入電極領域」(番号では12と14)はクラッド層やコンタクト層と言われている部分に相当します。ここで注入電極領域とベース領域は「少くとも2つの異なる型の半導体をもち」となっていますが、ヘテロ接合の意味から言って、この「型」はすぐ後に出てくる伝導型ではなく、半導体の種類と解釈した方がよいでしょう。

 実施例ではベース領域はゲルマニウム、注入電極領域はガリウム砒素で作るとされています。 「半導体注入電極領域は互に反対の伝導型をもち」ですから、ガリウム砒素の一方はp型、他方はn型とします。「注入電極領域をつくる半導体材料の禁制帯幅はベース領域のそれより大きく」の条件はゲルマニウムの禁制帯幅(エネルギーバンドギャップ)は室温で0.66eV程度、ガリウム砒素は1.46eV程度ですから満たしています。

 「半導体注入電極領域はベース領域より高い不純物添加レベルをもち」はガリウム砒素に不純物を多くドープしてもゲルマニウムには拡散しにくいという性質があるので実現できるとしています。「注入電極領域とベース領域は互に物理的に関連していて」というのは両方の領域は接しているので関連していることはすでに分かっていることで何を言いたいのかよく分かりません。つぎに「注入電極領域からベース領域へ担体を注入するバイアス装置があり」と続いているので、外部で電気的に接続されているということを言っているのかも知れません。「バイアス装置」は直流電源16のことです。

 最後の部分「ベース領域の担体蓄積は注入電極領域の不純物添加レベルを越えるがベース領域から注入電極領域への担体流入を阻止するようになっている」はダブルヘテロ接合の性質をまさに言っていると言えます。なお、「担体」というのはキャリア(電子と正孔)の訳語です。

 以上のようにここにはダブルヘテロ接合の基本的は概念がはっきり書かれていることがわかります。

 このKroemer特許出願以前にも、例えば硫化亜鉛(ZnS)とシリコンの接合を使った発光素子が記載された特許(2)などが出願されています。

 これらの特許を見ていると、バイポーラトランジスタとの関係が強く感じられます。発光素子はダイオードで十分なはずですが、これらの特許にはトタンジスタのような3極の素子が載っています。pnpとかnpn構造にして真ん中の層からも電極を取り出し、これをベース電極としています。

 トランジスタの方ではヘテロ接合を用いるという考えはほとんど発明当初からあったようです。したがってこれをそのまま発光素子に持ち込んだ結果、ヘテロ接合の利用に結びついたと言えそうです。

 Kroemerはその後、1967年になって1963年出願のものより整理されたヘテロ接合を用いた発光ダイオードの特許を出願しています(3)。この特許にはSiとGaAsのヘテロ接合が記され、Siのnpnトランジスタを形成した基板にGaAs層を発光層として形成しています。これは後の光電子集積回路の先駆とも言えそうです。SiとGaAsは格子定数もそれほど違わないので、その後この組み合わせのヘテロエピタキシーは多くの研究がなされました。しかしⅣ族単元素の半導体とⅢ-Ⅴ族化合物半導体では性質に違いがあり、この段階でこの組み合わせが簡単にうまくいったとは思われません。

Kroemerはソ連のAlferovとともに2000年にノーベル賞を受賞しています。半導体ヘテロ接合の技術的重要性が認められたものと思われます。

(1)特公昭48-27513号(対応アメリカ特許:US3309553号)

(2)アメリカ特許US3207939号

(3)アメリカ特許US3488542号

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