光デバイス/半導体レーザ

16.半導体レーザのアイデア

 前項までで半導体レーザの基本的な成り立ちについてはほぼ説明が終わりましたので、これからは少し半導体レーザの発展を辿りながら、いろいろな面を見ていきます。

 まず半導体レーザのアイデアはどこから出てきたのでしょうか。誘導放出という現象がアインシュタインによって理論的に提唱され、これがルビーレーザとして実現したという話は以前にしました。半導体レーザは誘導放出という点では共通ですが、石(半導体)に電流を流すことによって発光させる点ではルビーレーザ、あるいはその他のレーザとははっきり異なっています。

 この特徴を電流注入型などと呼びますが、この方式はだれが思いついたのでしょうか。日本での半導体レーザに関するもっとも早い出願にすでに電流注入による半導体のレーザ発振が明確に記されています(1)

 発明者は渡辺寧、西澤潤一となっていて元東北大学の西澤先生の特許であることがわかります。渡辺先生は西澤先生の先生です。出願は昭和32年、つまり1957年です。アメリカでレーザそのものの提案がされたのが1958年とされていますので、それよりも1年はやくアイデアは存在したことになります。レーザという用語もまだなく、「半導体メーサー」という発明の名称が付けられています。しかし当時の日本では特許の公開制度はなく、一般に公表されたのはこの公告公報が出たときですから、1960年ということになります。また外国への特許出願や学術論文の発表もなかったようですから、外国ではもちろん日本でもあまり知られることがなかったと思われます。

 図16-1はこの特許の図面です。真ん中の縦長の柱状部分3は例としては半導体のテルルであるとされています。5と6は電極でここから電流を流します。4の部分には塩素をドープして正孔の密度を高くすると記されています。電極の接触をよくするために低抵抗のp型にするということです。

 1の部分で注入された自由電子と正孔が再結合して波長4μmの電磁波を出すとされています。「高エネルギー状態にある正孔は共振器の中の定在波の影響を受けて低いエネルギー状態への遷移を開始する」とあり、これはまさに誘導放出を意味します。ここで2が共振器ですが、2枚の鏡の間での光共振ということは明記されていません。

 7は電波取り出し口、8は電波注入口となっていて、この経路で電磁波を導入すれば増幅が可能と書かれていますが、光の直進性を考えるとどのように光を曲げるのか等はこの記述だけからはよくわかりません。

 しかし光共振器を構成する半導体中に電子と正孔を注入して誘導放出を起こさせるという半導体レーザの基本概念はここに記されていると言えます。次項以降で説明しますが、実際に半導体レーザを試作し最初にレーザとして動作させたのはアメリカの研究機関で1962年のことです。渡辺・西澤特許の公告後2年を経ていますが、この日本でのアイデアを基礎に実験が行われたのでは残念ながらないようです。

 それではアメリカでの基本アイデアがどこからきたのかというと、いまひとつはっきりしません。ルビーレーザの発振が成功したのは1960年で、そのアイデアは1958年にはベル研究所から発表されていました。一方で半導体のpn接合の発光については多くの実験がなされていましたから、いろいろな人が半導体の接合へのキャリア注入により誘導放出が可能なのではというアイデアをもっていたものと思われます。

(1)特公昭35-013787号

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