科学・基礎/結晶の話

12.結晶の成長

 これまで述べてきたように固体は原子や分子が規則的に並んで結晶を形作る傾向にあります。これはすでに触れたように原子や分子が規則的な配列の方がエネルギーが低くなるからと考えられますが、と言われてもその意味するところはよくわかりません。ここではこの点をもう少し考えてみたいと思います。

 あらゆる物質は3つの状態相をもっています。気相、液相、固相です。一つの相から他の相へ状態を変えることを相転移といいます。結晶は気相または液相から固相への相転移に伴って生成されます。

 どの物質でも相転移の起こる条件は決まっています。これを図示したのが状態図あるいは相図です。図12-1のように温度と圧力を軸にとり、相転移が起こる境界が曲線で示されています。図は一例として水の特性の数値を入れていますが、曲線は概形で正確なものではありません。

 この図で液相と気相の境界上の温度は、水を例にとれば液体の水が水蒸気になる沸点を示しています。水の沸点は、周知の通り、圧力が1気圧の場合、100℃ですが、気圧が下がるにつれ、沸点は状態図の曲線に沿って低下します。これは気圧の低い高地で米を炊くと水が低温で沸騰するため生煮えになるという現象に現れます。また圧力鍋で気圧を高めると逆に沸点を高くすることができ、100℃より高い温度で食品を煮ることができることになります。この相転移は結晶には直接関係がありません。

 一方、液相と固相の境界、例えば水が氷になる凝固点(または氷が融ける融点)に当たります。水の凝固点は1気圧のもとでは0℃ですが、この場合、圧力依存性はそれほど強くなく、沸点のように圧力によって凝固点が大きく変動することはありません。

 気相と固相の境界は水の場合、かなり低温、低圧力の条件となります。上空で水蒸気から雪の結晶が生じるような場合がこれに当たります。気相から固相へ移る現象を凝結、その反対を昇華といいます。なお、水の場合、液相と気相の境界は374℃、218気圧で途切れています。この臨界点を超えた領域では水は超臨界状態という気相でも液相でもない特殊な状態となることがわかっています。

 上記によれば、結晶を成長させるために凝固点の条件を使うのが液相成長法で融液を冷却する方法が考えられます。融液を冷却していくと何かのきっかけで核と呼ばれる微結晶が生じ、この周りに結晶が成長します。人為的には種結晶と言われる小さな結晶を融液中に置く手段が取られます。液相でも原料の融液ではなく、溶媒に溶かした原料から成長させる場合、いわゆる溶液成長法もあります。

 気相から直接結晶を生成させる気相成長法もあります。原料を加熱して蒸発させ、基板上に結晶を成長させる場合がこれに当たりますが、基板を結晶とする場合が多いと思われます。これをエピタキシャル成長と呼んでいます。この場合も単純に原料を気化し、それを凝結させるのではなく、化学反応を伴うような場合が多くなります。

 実用的にはあまり使われないかも知れませんが、固相成長という方法もあります。多結晶固体を加熱するなどして結晶を大きく成長させることもできます。

 さて状態図を理論的に考えるには、熱力学が用いられます。固相と液相の状態を比較すると、原子、分子の密度にはそれほど違いはありませんが、大きくちがうのはその乱雑さと言えます。この乱雑さを表す物理量が熱力学ではエントロピー \(S\) です。これは \[S=k\ln{W}\] という式で定義されます。ここで \(W\) は取り得る状態の数で、原子、分子の位置が定まらない気体や液体では大きく、固体では小さくなります。kはボルツマン定数で一定ですからエントロピー \(S\) も気体や液体では大きく、固体では小さくなります。

 つぎに自由エネルギーという量があります。この自由エネルギーが小さくなるように状態が決まります。なぜ結晶ができるのかはエネルギーが小さいからと前の項で説明していますが、これを数式で表したのが自由エネルギー、とくにギブスの自由エネルギー \(G\) です。 \[G=U+PV-TS\] ここで \(U\) は内部エネルギー、\(P\) は圧力、\(V\) は体積、\(T\) は温度、\(S\) はエントロピーです。右辺の前2項 \(U+PV\) をエンタルピーとも呼び、記号 \(H\) で表します。

 エントロピー \(S\) は状態によって異なるので、\(G-T\) の関係を図示すると、図12-2のように固体と液体では特性が異なります。この2つの曲線がある温度 \(T_m\) で交わりますが、この温度がその物質の融点を表します。

 ところでこの温度 \(T_m\) を境に、分子は液体状態から固体状態に移っていきますから、液体状態の分子数と固体状態の分子数は変化していくはずです。これは自由エネルギーに影響を及ぼすはずですが、上式にはそれを表す項がありません。そこで、自由エネルギーの変化分 \(\mathrm{d}G\) に \(\mu\mathrm{d}N\) なる分子数 \(N\) の変化分を表す項を加えることにします。 \[\mathrm{d}G=-S\mathrm{d}T+V\mathrm{d}P+\mu\mathrm{d}N\] ここで係数 \(\mu\) を化学ポテンシャルと呼びます。

 液体状態と固体状態が混在している場合の自由エネルギー \(G\) は、液体の分子数を \(N_L\)、固体状態の分子数を \(N_s\) とすると、

\[G(T,P,N)=G_{S}(T,P,N_{S})+G_{L}(T,P,N_{L})\]

で表され、液体状態の化学ポテンシャル \(\mu_L\) と固体状態の化学ポテンシャル \(\mu_S\) がそれぞれつぎのように定義できます。

\[\frac{\partial G}{\partial N_{S}}=\mu_{S}~~~~~~~~~\frac{\partial G}{\partial N_{L}}=\mu_{L}\]

 この2つの化学ポテンシャルの差 \(\Delta\mu=\mu_{L}-\mu_{S}\) が相転移の原動力になり、その符号に従って転移が進むと考えることができます。

 しかし融点を超えると瞬間的に水が凍ったりしないことはよく知られています。振動などのない静止した状態でコップの水を冷却していくと0℃より温度が下がっても水は液体のままの状態を保ちます。これを過冷却状態と言います。この状態でコップに振動を与えるなどすると、一気に凝固が進み、氷が形成されます。

 このように熱力学的な相転移だけでは結晶の生成を十分説明することができません。相転移の条件が整ったのち、核と呼ばれる微結晶が融液中や容器壁などに形成されることがきっかけになります。その周囲に次々に結晶が成長することになります。

 この核生成とその後の結晶成長過程についてはかなり特殊な議論になるので、ここでは立ち入りませんが、結晶はこのような過程を経て形成されると考えられます。