科学・基礎/結晶の話
11.結晶構造解析

 これまで述べてきた結晶の構造を調べる方法は限られています。通常はX線回折法が使われます。X線の代わりに電子線などを使う場合もありますが、原理的には違いはありません。

 結晶では原子が規則的に並んでいるわけですが、イメージとしては原子は最密充填状態と考えられるので、原子の間隔はおおよそ原子の直径と同程度とみなせます。ということは原子間隔は0.1nm程度です。

 一方、光の回折は光の波長と同程度の長さの周期をもつ格子などにその光を照射したときに起こる現象です。したがって結晶に光を照射して回折を起こさせるためには波長0.1nm程度のX線が適当ということになります。20世紀初頭にはラウエ(M.von Laue)によりX線回折現象が発見され、ついでブラッグ父子(W.H.Bragg、W.L.Bragg)によりブラッグの法則が見いだされたことにより、原子によってX線が散乱される現象を利用して結晶中で原子がどのように配列しているかを調べるという手法が生まれました。まずこのブラッグの法則について説明します。

 図11-1に示すように結晶面に対して角度 \(\theta\) でX線が入射し、複数の結晶面で反射(散乱)されたとします。このとき間隔が \(d\) の結晶面1と結晶面2で反射したX線には図に太線で示す長さ \(2d\sin\theta\) の光路長差が発生します。この反射光(回折光)が強め合うためには光路長差がX線の波長 \(\lambda\) の整数 \(n\) 倍である必要があります。したがって回折光が発生する条件として

\[2d\sin\theta=n \lambda\tag{1}\]

の関係が得られます。これがブラッグの回折条件で、結晶においてこの条件が成り立つ、というのがブラッグの法則です。波長 \(\lambda\) が既知のX線を結晶に照射し、回折光が観測される角度 \(\theta\) を測定すれば、この法則にしたがって結晶面間隔 \(d\) が得られます。

 (1)式の関係は上記のように有用ですが、結晶面を単に反射面と考えているだけで、結晶格子との関係がはっきりしません。そこでもう少し立ち戻って考えてみることにします。 

 まず前項の(1)式を再掲します。すべての格子点が、それぞれ座標軸 \(x\)、\(y\)、\(z\) の方向をもつ単位格子ベクトル \(\boldsymbol{a_1}\)、\(\boldsymbol{a_2}\)、\(\boldsymbol{a_3}\) を用いて、格子ベクトル \(\boldsymbol{R}\) により

\[R=n_1\boldsymbol{a_1}+n_2\boldsymbol{a_2}+n_3\boldsymbol{a_3}\]

と表される結晶を考えます。ただし \(n_1\)、\(n_2\)、\(n_3\) は整数です。図11-2に示すように原点をある格子点 O に取り、結晶軸を \(xyz\) 軸にとったとします。ピンク色で示した結晶面1上に原点 O をとり、結晶面1に平行な結晶面2に垂直な格子ベクトル \(\boldsymbol{R_d}\) を原点 O を始点としてとり、 その終点が結晶面2上の格子点 O' であるとします。このとき2つの結晶面間の距離を \(d\) とすると、\(|\boldsymbol{R_d}|=d\) です。

 この結晶に対して入射角 \(\theta\) でX線を照射します(図11-3)。X 線の入射波を \(\exp (i\boldsymbol{k_1}\cdot\boldsymbol{R})\) で表します。ここで \(\boldsymbol{k_1}\) は入射波の波数ベクトルです。また散乱波を \(\exp (i\boldsymbol{k_2}\cdot\boldsymbol{R})\) とします。\(\boldsymbol{k_2}\) は入射波の波数ベクトルです。

 X線の散乱が結晶とエネルギーの交換を伴わない、すなわちエネルギー損失のない弾性散乱であるとすれば、

\[|\boldsymbol{k_1}|=|\boldsymbol{k_2}|=k=\frac{2\pi}{\lambda}\]

が成り立ち、入射角が \(\theta\) であれば、散乱波の出射角も \(\theta\) となります。\(\lambda\) はX線の波長です。この O と O' に位置する2つ原子からの散乱波が遠方で強めあうためには散乱方向でX線の位相がそろっていることが必要です。その条件は、上記同様、2つの原子で散乱されるX線の光路長差 |PO'|+|O'Q| が波長の整数倍になっていることです。距離 |PO'| と |O'Q| は、ベクトル \(\boldsymbol{R_d}\) とベクトル \(\boldsymbol{k_1}\) または \(\boldsymbol{k_2}\) とのなす角が \(\pi /2-\theta\) ですから ベクトル \(\boldsymbol{R_d}\) と、 ベクトル \(\boldsymbol{k_1}\) および \(\boldsymbol{k_2}\) の方向の単位ベクトルとのスカラー積(内積)の値に一致します。すなわち

\[|\mathrm{PO'}|=\boldsymbol{R_d}\cdot\frac{\boldsymbol{k_1}}{|\boldsymbol{k_1}|}\]

\[|\mathrm{O'Q|}=-\boldsymbol{R_d}\cdot\frac{\boldsymbol{k_2}}{|\boldsymbol{k_2}|}\]

となり、\(|\boldsymbol{k_1}|=|\boldsymbol{k_2}|=k\) ですから

\[|\mathrm{PO'}+\mathrm{O'Q}|=\boldsymbol{R_d} \cdot (\boldsymbol{k_1}-\boldsymbol{k_2})/k\]

が \(\lambda\) の整数倍であることが回折光が生じる条件です。すなわち \(k=2\pi/\lambda\) を用いて

\[\boldsymbol{R_d}\cdot\boldsymbol{K}=2m\pi\tag{2}\]

であることが必要です。ただし \(m\) は整数、また

\[\boldsymbol{K}=\boldsymbol{k_2}-\boldsymbol{k_1}\]

です。この \(\boldsymbol{K}\) を散乱ベクトルと呼ぶことがあります。(2)式は(1)式と等価なブラッグの法則を表す式です。

 ここで「半導体物理学」の30項で説明している逆格子を思い出すと、(2)式の関係は \(\boldsymbol{K}\) を逆格子ベクトルとしたとき

\[\boldsymbol{K}=m_{1}\boldsymbol{b_1}+m_{2}\boldsymbol{b_2}+m_{3}\boldsymbol{b_3}\]  

と書き表し、

\[\boldsymbol{K}\cdot\boldsymbol{R_d}=(m_{1}\boldsymbol{b_1}+m_{2}\boldsymbol{b_2}+m_{3}\boldsymbol{b_3})\cdot(n_{1}\boldsymbol{a_1}+n_{2}\boldsymbol{a_2}+n_{3}\boldsymbol{a_3})\]

\[=m_{1}n_{1}\boldsymbol{b_1}\cdot\boldsymbol{a_1}+m_{2}n_{2}\boldsymbol{b_2}\cdot\boldsymbol{a_2}+m_{3}n_{3}\boldsymbol{b_3}\cdot\boldsymbol{a_3}\]

\[=2\pi(m_{1}n_{1}+m_{2}n_{2}+m_{3}n_{3})\]

というように計算できます。ここで、 \(\boldsymbol{b_1}\cdot\boldsymbol{a_1}=\boldsymbol{b_2}\cdot\boldsymbol{a_2}=\boldsymbol{b_3}\cdot\boldsymbol{a_3}=2\pi\) を用いました。この結果から、 

「\(m_{1}\)、\(m_{2}\)、\(m_{3}\) が整数であるならば、 必ず、\(\boldsymbol{K}\cdot\boldsymbol{R}\) は \(2\pi\) の整数倍である」

ということができます。 そこで、逆格子点を

\[\boldsymbol{K}=m_{1}\boldsymbol{b_1}+m_{2}\boldsymbol{b_2}+m_{3}\boldsymbol{b_3}\] 

と定義すれば(ただし、\(m_{1}\)、\(m_{2}\)、\(m_{3}\) が整数)、

「 回折条件(2)を満たすベクトル \(\boldsymbol{K}\)は、逆格子点で与えられる。 」

ということができます。

エバルトの作図法

 関連してエバルト(Ewald)の作図について触れておきます。これは、波数 \(k\) のX線を結晶に照射したとき、(2)式の関係が満たされることを利用し、ある既知の逆格子をもつ結晶にX線を照射したときの回折光の方向を作図によって求める方法です。作図手順はつぎの通りです。

①ベクトル \(\boldsymbol{k_1}\) の始点 O を中心に半径 \(|\boldsymbol{k_1}|\) の球を描く(図11-4、便宜的に2次元で描いています)。

②この球面(円周)上の任意の位置にベクトル \(\boldsymbol{k_1}\) の終点Aを定め、この点Aに逆格子点の一つを一致させるように逆格子空間を描く。

③この逆格子空間をAを中心に回転させて別の逆格子点のどれかを円周上(例えばB点)に一致させる。

 これによりOとBを結ぶベクトルは回折条件を満たす反射波 \(\boldsymbol{k_2}\) を与えることになりますから、角AOBは \(2\theta\) を与えることになります。

結晶構造解析技術

 上記の原理、とくにブラッグ条件を利用した結晶構造解析の方法はいくつか知られています。大きく分けると、試料として単結晶を使う方法と多結晶あるいは粉末試料を使う方法とに分けられます。ここでは一般によく使われている粉末試料を用いる場合を紹介します。

 粉末試料とは、微小な多数の結晶片がランダムな方向を向いて存在する試料という意味です。実際には結晶を砕いて粉末状にし、これをガラスなど基板にペーストを使って貼り付けたものを使います。

 この試料に単一波長のX線を所定の方向から照射すると、回折が生じますが、回折光はブラッグ条件を満たす方向にだけ生じます。試料中の多数の微結晶はそれぞれランダムな方向に向いていますが、試料表面に対して入射X線の方向を定めると、入射角θで入射したとき、回折光がθになる方向を向いている微結晶がある割合で含まれているはずです。そのある割合で含まれる微結晶からだけ回折光が生じます。このため、図11-5に示すように入射X線に対して \(2\theta\) の角度の頂角をもつ円錐状に回折光が生じます。したがって入射X線と反対側に感光スクリーンを置くと、環状に感光が生じることになります。これをデバイ・シェラー(debye-scherrer)環と呼んでいます。間隔の異なる結晶面が存在する場合はそれに応じて同心円状に感光が生じます。試料を中心として円筒状のX線感光フィルム置いた装置をデバイ・シェラーカメラと言います。感光したフィルムを現像して感光位置を測定することにより、\(2\theta) を求めることができます。

 感光フィルムでの評価はフィルムの現像処理が必要で評価に時間がかかる難点があります。そこで感光フィルムの変わりにX線感光管を用いた装置がディフラクトメータです(図11-6)。これはX線の入射方向に対して試料を角度 \(\theta\) になるように設置した場合、感光管が角度 \(2\theta\) の方向になるような機構(ゴニオメータ)を備えています。試料を回転させて、X線の入射角 \(\theta\) を連続的に変化させ、常に \(2\theta\) の方向に位置するように感光管も移動させます。これにより結晶の面間隔に応じて感光管から電気信号が出力されるので、これを記録すれば結晶面間隔が測定できます。

 この装置によって試料結晶から回折光が生じる方向 \(2\theta\) が得られ、(1)式を使って対応する結晶面の間隔 \(d\) が得られます。しかし試料がまったく未知の物質である場合は、その面間隔がどの結晶面に対応するかはわかりません。このため、まったく未知の結晶構造を解明するのは難しく、他の何らかの情報が必要となります。しかし結果が電気出力で得られ、測定が容易なのでディフラクトメータは広く普及しています。