科学・基礎/結晶の話

9.結晶の対称性

 前項では結晶の構造を分類するに当たり、単位構造を並進操作と呼ばれる結晶軸方向に平行移動を行うと、隣接の単位構造とぴったり重なることに注目しましたが、これ以外の操作によっても構造が重なる特徴があります。これを結晶の対称性といいますが、この対称性は結晶学の核心と言えます。この項ではこの対称性についての各操作を調べます。

(1)回転  まず回転操作を考えます。図9-1(a)に示すようは2次元の正方形の結晶面を考え、その2本の対角線の交点に結晶面に垂直な軸を取ったとします。この軸の周りに90°回転させる操作を行うと、回転した正方形は回転前の正方形の結晶面にぴったり重なります。これを回転対称性があると言います。さらに結晶面に垂直な回転軸方向からみた同図(b)から明らかなように90°ずつ180°、270°、360°とさらに回転させても結晶面はぴったり重なります。1回転の間に4回重なるので、これを4回回転軸と言います。

この他、例えば長方形なら180°ずつの回転で2回重なり、正三角形なら120°ずつ、3回重なり、正六角形なら60°ずつ6回重なります(図9-2)。360°の回転、すなわち1回転はどんな図形でも重なるのでこれは除外すると、2、3、4、6回の回転軸があります。

 実は5回、あるいは7回及びそれ以上では重なりは得られず、回転対称性は上記の4種類しかありません。この証明は後述します。

 3次元の場合は回転軸を複数とることができます。立方晶であれば、図9-3のように3本の回転軸がとれ、それぞれが4回回転軸となります。

(2)鏡映  いずれかの結晶面、例えば図9-4に示すように \(xy\) 面を鏡の面と見なし、格子点をこの鏡に映す操作、鏡映操作を行ったとき、鏡面に対して対称な点(鏡像)も格子点になっている場合を鏡映対称と言います。

 簡単な例は図9-5に示す斜方晶(正方晶、立方晶も同様)です。図の \(xy\)、\(yz\)、\(zx\) 各平面を平行で最近接の原子を結ぶ線分の垂直2等分面を鏡面とすると、これに対して各格子点はいずれも鏡映対称になっていることがわかります。

(3)反転  図9-6に示すように格子点を結晶軸の原点に対称に移す操作で、これを反転対称と言います。これは図9-7にNaCl型の結晶の例を示しますが、赤い破線で示すように原点対称な構造であれば反転対称性があることがわかります。

(4)回反  図9-8に示すように回転操作をした後、反転操作を行う操作で、回反対称と言います。例としては図9-7に示すようにNaCl型の結晶で、z軸を回転軸について90°回転した後、緑色の破線で示すように原点に対して反転すると格子点が一致することがわかります。回反対称の典型的な例としては六方晶が挙げられます。

 以上の操作は数学的に表現することができます。ベクトルを使って表現すると、次式のようになります。

\[\boldsymbol{r'}=\boldsymbol{Ar}+\boldsymbol{t}\]

\(\boldsymbol{r}\) 表される格子点に行列 \(\boldsymbol{A}\) で表される操作を行うと格子点 \(\boldsymbol{r'}\) に一致することを表しています。なお、ベクトル \(\boldsymbol{t}\) は並進操作を表します。例えば \(xyz\) 座標系で表すと

\[\boldsymbol{r}=\pmatrix{x \cr y \cr z \cr}\]

\[\boldsymbol{r'}=\pmatrix{x' \cr y' \cr z' \cr}\]

\[\boldsymbol{A}=\pmatrix{a_{11} & a_{12} & a_{13} \cr a_{21} & a_{22} & a_{23} \cr a_{31} & a_{32} & a_{33} \cr}\]

\[\boldsymbol{t}=\pmatrix{t_x \cr t_y \cr t_z \cr}\]

であり、

\[\pmatrix{x' \cr y' \cr z' \cr}=\pmatrix{a_{11} & a_{12} & a_{13} \cr a_{21} & a_{22} & a_{23} \cr a_{31} & a_{32} & a_{33} \cr}\pmatrix{x \cr y \cr z \cr} + \pmatrix{t_x \cr t_y \cr t_z \cr}\]

と書けます。これは \(x\)、\(y\)、\(z\) で表される格子点群を上記の対称操作を表す行列 \(\boldsymbol{A}\) によって \(x'\)、\(y'\)、\(z'\) に移ることを意味します。つぎに具体的操作に対応する行列 \(\boldsymbol{A}\) を以下に示します。

1.回転操作  z軸の周りの回転については

\[\boldsymbol{A}=\pmatrix{\cos{\psi} & -\sin{\psi} & 0 \cr \sin{\psi} & \cos{\psi} & 0 \cr 0 & 0 & 1 \cr}\]

となります。ここで \(\psi=2\pi/n\) で、上にも記した通り \(n\)(次数)は 2,3,4,6 のみ可能です。この証明は下の付記を参照して下さい。

2.鏡映操作 xy面での鏡映に対応する行列 \(\boldsymbol{A}\) は

\[\boldsymbol{A}=\pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & 1 & 0 \cr 0 & 0 & -1 \cr}\]

3.反転操作

\[\boldsymbol{A}=\pmatrix{-1 & 0 & 0 \cr 0 & -1 & 0 \cr 0 & 0 & -1 \cr}\]

4.回反操作 回転操作+反転操作で表されます。

 

 ところで、実際の結晶がどのような対称性をもつかについてはここまでほとんど触れていません。実際の3次元の結晶は方向によっても対称性が異なります。そのため、対称性をどう表現すればよいかという問題が起こります。

 そこでそれぞれ対称性を表示する記号法が何種類か考案、提案されています。よく使われているのは国際表記法という記号表記方法です。これはヘルマンモーガン法という方法を採用して国際的に利用できるようにしたものです。

 次項では、結晶の方向の表し方と併せて、結晶の対称性の表し方について、実例を挙げて説明します。

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付記]回転次数について

 図9-9に示すように、紙面に垂直な回転軸を定め、ここからある格子点に至るベクトル \(\boldsymbol{r}\) に対して行列 \(\boldsymbol{A}\) で表わされる回転操作を施したとき、回転対称性があれば、ベクトル \(\boldsymbol{Ar}\) は格子点に至ることになります。

 このとき、\(\boldsymbol{Ar}-\boldsymbol{r}\) も \(\boldsymbol{Ar}+\boldsymbol{r}\) も格子点ベクトルです。ここで結晶が \(n\) 次の回転対称性をもつとして \(\boldsymbol{A}\) に対応する回転角 \(\psi\) を

\[\psi=\frac{2\pi m}{n}\]

と書きます。このとき \(m\) は \(m=1,\cdots ,n\) の整数である必要があります。

 \(\boldsymbol{r}\) を最短(長さ \(r\) )の格子点ベクトルとすれば、他の格子ベクトルである \(\boldsymbol{Ar}-\boldsymbol{r}\) や \(\boldsymbol{Ar}+\boldsymbol{r}\) の長さはいずれも \(r\) 以上となります。したがって図9-9を参照すれば、

\[|\boldsymbol{Ar}-\boldsymbol{r}|=2r|\sin(\frac{\pi m}{n})|\ge r\]

\[|\boldsymbol{Ar}+\boldsymbol{r}|=2r|\cos(\frac{\pi m}{n})|\ge r\]

という条件が必要なことがわかります。ただしこれ以外に \(\boldsymbol{Ar}\) と \(\boldsymbol{r}\) または \(\boldsymbol{-r}\) とが一致する場合も含まれます。すなわち

\[|\boldsymbol{Ar}-\boldsymbol{r}|=0\]

\[|\boldsymbol{Ar}+\boldsymbol{r}|=0\]

 これらの条件を満たすのは、sinとcosの値がともに1/2以上である場合、

1.\(\frac{1}{6}\le \frac{m}{n} \le \frac{1}{3}\)、 2.\(\frac{2}{3} \le \frac{m}{n} \le \frac{5}{6}\)

sinまたはcosのいずれかが 0 である場合、

3.\(\frac{m}{n}=\frac{1}{2}\)、 4.\(\frac{m}{n}=1\)

のいずれかをすべての \(m\) (\(m=1,\cdots n\)) が満たす必要があります。

 \(n=2,3,4,6\) の場合はこの条件を満たします。念のため書くと、\(n=2\) の場合、\(\frac{m}{n}=\frac{1}{2},1\)です。\(n=3\) の場合、\(\frac{m}{n}=\frac{1}{3},\frac{2}{3},1\) です。\(n=4\) の場合、\(\frac{m}{n}=\frac{1}{4},\frac{1}{2},\frac{3}{4},1\) です。\(n=6\) の場合、\(\frac{m}{n}=\frac{1}{6},\frac{1}{3},\frac{1}{2}.\frac{2}{3},\frac{5}{6},1\) です。したがってすべての \(m\) について上記の条件1~4を満たします。

 一方、\(n=5\) の場合は \(m=2,3\) のとき、\(\frac{m}{n}=\frac{2}{5}.\frac{3}{5}\) ですから、条件1,2を満たしません。さらに \(n \ge 7\)の場合、\(m=1\) のとき、\(\frac{m}{n}\) が\(\frac{1}{7}\) 以下となるため、条件1を満たしません。したがって次数 \(n\) は \(n=2,3,4,6\) に限られると結論されます。