科学・基礎/結晶の話

5.結晶をつくる力(その3)

 前2項で、イオン結合、共有結合、金属結合について説明しましたが、まだ他に2種類ほどの結合の機構があります。それを以下に取り上げます。

(4)ファンデアワールス力  原子は原子核の正電荷とつりあう負電荷量となるだけの個数の電子をもっていて全体として中性を保っています。例えばヘリウム(He)原子は図5-1のように2個の電子をもち、原子核はそれとつりあう正電荷を持っています。電子同士は同じ負電荷をもっているので、(a)のように離れていることが多いでしょうが、この2個の電子の分布はつねに変化していて、時間的にみれば(b)のように偏って存在する(存在確率が高くなる)瞬間もあると考えられます。このときその原子全体を外部からみると、片側に負電荷、反対側は正電荷が偏っている状態に見えるはずです。ヘリウムでなくもっと多数の電子をもつ原子でも同様に電荷の偏りは瞬間的に生じるはずです。

 このような原子の例えば負電荷が偏った部分に図5-2(a)のように他の原子が接近すると、接近した部分から電子が遠ざけられて正電荷が生じ、それによって(b)のように2つの原子はクーロン力によって引きつけられると考えられます。一旦正負の電荷をもった部分が引き付けられると、電子の存在確率は偏った状態に保たれます。

 このような引力をロンドン(London)分散力(または簡単にロンドン力)と呼びます。この元になる電荷の偏りは小さいので、ロンドン力は弱い力です。しかしどの原子にも生じる力なので、イオン結合や共有結合の生じない原子同士をつなぎ止める働きはあります。

 原子間にはたらく引力なので、イオン結合と同様に原子がある程度近づくと反発力が働くようになります。原子間距離と引力、斥力の関係はイオン結合と同様な傾向をもち、図5-3のようになります。この原子間の力、全体をファン・デア・ワールス力(*)と呼んでいます(J.D.van der Waalsはオランダの物理学者)。

 なお、ファンデアワールス力と呼ばれる力は上記のように極性のない原子や分子間にはたらく力、ロンドン分散力によるものに限られません。構造によって初めから電荷に偏りがある分子(極性をもった分子)同士あるいは一方が極性をもった分子である場合の、分子間の力もファンデアワールス力と呼んでいます。

 このファンデアワールス力の引力は弱く、したがってこの力で作られている結晶は柔らかく壊れやすい性質をもっています。

 例を一つだけあげます。炭素は共有結合でダイヤモンド構造の結晶を作ることは前項で説明した通りです。この炭素はもう一つ別の構造の結晶を作ります。これは炭素間の共有結合が \(\mathrm{sp}^3\) 軌道でなく \(\mathrm{sp}^2\) 軌道によってなされる場合です。\(\mathrm{sp}^2\) 軌道の場合、炭素は3価として振る舞います。これは平面的に3方向に互いに結合した構造で、図5-4に示すような平面状に六角形が連なった構造が形成されます。この炭素の結晶はグラファイトと呼ばれます。この結晶は平面状ですが、もちろん原子層1層で成り立つわけではありません。多数の層が重なり合って固体を作ります。このとき層同士をつなぎ止めるはたらきをするのがファンデアワールス力です。ファンデアワールス力は弱いので、グラファイトは層に平行な方向にずれやすい性質をもっています。

(5)水素結合  液体の水、あるいはその結晶の氷の例を考えます。液体状態では多数の水分子同士が近接して運動しており、これを冷却すると分子同士が結合して結晶、すなわち氷になります。

 水分子は1個の酸素原子に2個の水素原子が結合していますが、酸素原子の両側に直線状に2個の水素原子が並ぶような形は取らず、図5-5に示すように2つのH-O結合は角度(約105度)をなしていることがわかっています。

 酸素原子は6個の外殻電子をもちますが、そのうち2個は水素原子と共有結合します。残る4個の電子は不対電子と呼ばれ、結合先のない状態となります。この不対電子の存在によって水分子中の酸素の側は負極性を持った状態となります。一方、2個の水素原子の各1個の電子は酸素と共有されますので、水素原子の酸素原子から遠い側は正極性に電荷が偏っていることになります(図5-6)。

 そこで水分子同士が接近すると、一方の水分子の酸素原子側と他方の水分子の水素原子側が引き付けあうことになります。この結果、酸素原子が不対電子をもっているので、この電子が水素とゆるく共有されると考えられています。

 少し一般的に言えば、水素と、それと結合した電気陰性度の高い原子からなる分子同士(同一分子でなくてもよい)が水素の正電荷と原子の負電荷が引き付け合う結合を水素結合と呼んでいます。この結合も例外はありますが、通常は弱い結合で、氷が容易に壊れるのはそのためです。

 負電荷をもつ電気陰性度の高い原子としては酸素以外に窒素や硫黄、フッ素や塩素などがあります。これらの水素を含む化合物は水素結合によって結晶を作ることができます。

 (*)ファンデアワールス力はファンデルワールス力と表記される方が多いかもしれません。「デア」と「デル」の違いですが、これはドイツ語の冠詞derをカタカナ表記したものです。derはかつては「デル」と発音していましたが、現在、ドイツ語を習うと恐らく「デア」と発音すると思います。ここではこれにならった表記にしましたが、どちらでもよいと思います。

 

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