科学・基礎/結晶の話

3.結晶をつくる力(その1)

 結晶というとダイヤモンドや水晶など硬いというイメージがあるかと思います。これは結晶を作っている原子間やイオン間の結合が強いことを意味します。一方、有機物の分子結晶などは比較的柔らかい性質をもっています。これは分子間の結合力が比較的弱いことを示します。

 ここではどのような力で原子、イオン、分子が結合し、結晶を形作っているのかについて調べます。この結合は大きく分けるとイオン結合、共有結合、金属結合、水素結合、ファンデアワールス力の5種類に分類できます。以下、3項にまたがってこれら結晶をつくる力について順に説明していきます。

(1)イオン結合  以下に述べる結合力のほとんどは正負の電荷の間にはたらく引力すなわちクーロン力によるものです。まず最初に正電荷をもつ陽イオンと負電荷をもつ陰イオンがクーロン力によって結合し、結晶を作る場合について説明します。

イオン化エネルギーと電子親和力  ナトリウム(Na)などのアルカリ金属はプラス1価の陽イオン(Na)になりやすいことが知られています。これは例えばNa原子の周りの電子軌道の3s軌道の電子を1個減らすと、希ガスのネオン原子と同じ電子軌道がちょうど満たされた状態になるからです。電子軌道については「有機分子の発光の物理」3項で説明していますが、そこで示したのと同じ形式でNaについて電子軌道を示しておきます(図3-1)。この電子を1個減らすのに必要なエネルギーをイオン化エネルギーと呼びます。

 一方、塩素(Cl)などハロゲン元素はマイナス1価の陰イオン(Cl)になりやすいことが知られています。これはCl原子の3p軌道に1個の電子を加えると軌道が満たされた状態になるからです(図3-1)。この電子を1個取り込んだとき、放出されるエネルギーを電子親和力と呼びます。

イオン間にはたらく力  この安定なNaイオンとClイオンの正負の電荷が引かれ合って塩化ナトリウム(NaCl)ができます。この正負の電荷間の引力(クーロン力)\(F\) はイオン間の距離 \(r\) の2乗に反比例し、距離が近づくと急増します。

\[F=\frac{q^2}{4\pi \varepsilon_0 r^2}\]

ここで \(q\) は電子電荷、\(\varepsilon_0\) は真空の誘電率です。

 ポテンシャルエネルギー \(V\) は \(F\) を \(r\) について積分すれば得られ、

\[V=-\frac{q^2}{4\pi\varepsilon_0 r}\]

となります。マイナスの符号は引力を示します。イオン間の距離 \(r\) が近づくほどポテンシャル \(V\) はマイナスに大きくなります。ただしイオンは単純な点電荷ではなく、上記のように原子核の周りに軌道電子が存在します。このためイオン間の距離が短くなると、両方のイオンの軌道電子の負電荷同士の間で反発力(斥力)が働くようになります。

 この斥力は定式化するのが難しいですが、イオン間の距離のべき乗に反比例するとされています。したがって2つのイオン間のポテンシャルエネルギーは概略、図3-2のようになると考えられます。つまり \(r\) が小さくなると反発力(斥力)が急増するので、陽イオンと陰イオンは衝突するまで近づくことはなく、バランスのとれた距離を保つことができます。

配位数とイオン半径  このようなイオンの正負の電荷が引き寄せ合う結合をイオン結合と呼んでいます。NaClの結晶はイオン結合によって作られている結晶の代表的な例です。NaとClのイオンが図3-3のように立方体の頂点に交互に並んだ構造をもつことが知られています。1個のNa原子にもっとも近いCl原子は6個が等距離にあります。Cl原子からみれば、同様に最近接の位置に6個のNa原子があります。このような場合、配位数が6であると言います。

 ただしどのイオンの組み合わせでできる結晶も同じ構造をとるわけではありません。配位数は2,3,4、6,8、12などがあり、配位数によって結晶の構造は違ってきます。配位数は何によって決まるかというと、イオン半径が大きな影響を与えます。

 CsCl(塩化セシウム)はイオン結合によって結晶を作りますが、図3-4のような体心立方構造をもっていることが知られています。1個のセシウムイオンが8個のClイオンに囲まれているので、配位数8です。またZnSは複数の結晶構造を持ちますが、閃亜鉛鉱型と呼ばれる構造は図3-5のようなものです。これは次項で説明するダイヤモンド構造とほぼ同じ構造でZnを中心にSが正四面体を構成しているので、配位数が4の例です。

 ダイヤモンド構造は図3-6に示す面心立方格子が基礎になっているとも言えます。イオン結合による結晶で単純な面心立方格子をなす例はありませんが、最短原子間距離は面心と頂点の間で、確認するには単位格子を図3-7のように2個連結する必要があります。中央の色を変えて示した原子から赤い線で結んだ12個の原子までの距離が等しく、格子定数を \(a\) とすると \(\sqrt {2}a /2\) です。したがって配位数は12です。

 以上の立方晶を基礎にしたものの他、六角柱状の構造をもつ六方相があります。半導体ではGaNがこの構造の結晶です。この六方相のうち六方最密構造は図3-8のような原子配列をもちます。この結晶の配位数も12となります。これも単位格子を図3-9のように2個連結して考える必要があります。色を変えて示した中央の原子から赤い線で示すように六角形の一辺と等しい距離に12個の原子があります。

 この他、配位数3は3角形の平面構造、配位数2は線状構造となり、特殊な構造となります。

 ところで実際の結晶は各図に示したようにイオンが隙間を空けて並んでいるというよりも、例えば図3-10のように球体のイオンがびっしり詰め込まれた状態とみる方が実情に近いと考えられます。これは図3-3のNaClの結晶を表し直したものです。このようなボールを箱の中に互いに接するようにびっしり詰め込んだような状態を最密充填と言います。このとき重要なのはこの球体の大きさで、物理量としてイオン半径が用いられます。

 このイオン半径という物理量は実は直接測定できるものではなく、きっちりと定義できるものでもありません。なぜかというとイオンの外周部分は上記のように電子軌道であってそもそも形状という概念がないと言っていいでしょう。一方、結晶内の原子間の距離は各結晶面間の距離ですから、X線回折法によって測定することができます。結晶が図3-10のように最密充填構造であるとすれば、結晶になったときの原子間の距離を見積もるために各元素についてイオン半径という量を定めておくと便利です。

 そこでイオン(または原子)を変形しない剛体の球と見なし、いくつかの仮定に基づいて原子間距離の測定値と矛盾しないようにイオン半径を定める努力がなされてきました。イオン半径は電子数が多いほど、言い換えれば原子番号が大きいほど大きくなります。例えばNaのイオン半径は97pm、Clのイオン半径は181pmです(pmは10-12m、1A=100pmです)。陰イオンのClが陽イオンのNaの約2倍のイオン半径をもっています。図3-10はこのイオン半径の違いを表すように描いてあります。

 NaClの配位数6の場合を考えると、小さな陽イオンを4個の大きな陰イオンが取り囲むように接した最密充填構造とするとき、陽イオンの半径を \(r^+\)、陰イオンの半径を \(r^-\) とし、(\(r^+ \lt r^-\))であるとすると、図3-11に示すように陰イオン同士と陰イオンと陽イオンがいずれも接する条件で

\[r_+ /r_- \ge (\sqrt 2 -1 )\]

の関係が成り立ちます。この比 \(r_+/r_- \) がこの値(限界イオン半径比ということがあります)\(\sqrt 2 -1 \simeq 0.41\) より小さい、すなわち陽イオンが小さく陰イオンと接することができないような条件では不安定となり、配位数6の結晶はできにくいということが言えます。逆に陽イオンが大きく陰イオン同士が接することができない場合でも陰イオンと陽イオンは接することができるので、結合の安定性は維持されます。

 以上の関係は各配位数についても計算ができ、少なくとも不安定な条件の結晶構造はできないため、他の要件もあるとは言え、陽イオンと陰イオンのイオン半径の組み合わせによってある程度結晶構造が決まると言えます。

 配位数と限界イオン半径比の数値例を下表に示します。

 配位数 限界イオン半径比 
 3 \(2\sqrt 3 /2 -1\) 
 4 \(\sqrt 6 /2 -1\) 
 6 \(\sqrt 2 -1\) 
 8 \(\sqrt 3 -1\) 

マーデルングエネルギー  最後に結晶の全エネルギーを考えます。NaClの例で考えると、1つのNaイオンを原点にとると、最近接のClイオンは6配位なので6個あります。最近接距離(\(a\) とします)における正負イオン間の引力の6倍がこの分のエネルギーです。つぎに近いのはNaイオンで12個あり、距離は \(\sqrt 2 a\) です。この陽イオン同志の斥力の12個分がマイナス分となります。このように次々に引力、斥力を積算し、結晶全体を計算したのが全エネルギーです。

 これでは一見、全エネルギーは結晶の大きさに依存するように思われますが、イオン間の距離が遠くなるにしたがって引力、斥力は減少していくので、原点から一定距離以上のイオンによる引力、斥力は小さくなってやがて無視できるようになると考えられます。したがってある程度以上の大きさをもつ結晶の全エネルギーは物質が定まれば決定できることになります。一般には全エネルギー \(E_M \) は

\[E_M =-NM\frac{Z^2 e^2}{r_0}\]

のように書き、最隣接イオン間のエネルギーの \(M\) 倍で示します。全エネルギー \(E_M\) はマーデルング(Madelung)エネルギーとも呼ばれ、\(M\) はマーデルング定数と呼ばれます。ここで \(N\) は最隣接イオンの数(配位数)、\(Z\) はイオンの価数、\(e\) は電子電荷、\(r_0 \) は最隣接イオン間の距離です。マーデルング定数は上記の原理によって結晶構造ごとに計算できます。NaCl(単純立方晶)の場合なら

\[M=6/1-12/\sqrt 2 +8/\sqrt 3 -6/2+24/\sqrt 5-24/\sqrt 6 \dots\]

というふうに計算されます。しかし実際に計算してみると、一般にこのような級数の値は正負に振動し、数100項計算しても収束しません。そこで、ここでは立ち入りませんが、効果的な計算法が開発されていて各結晶について \(M\) の値が計算されています。NaClなど単純立方格子の場合は \(M=1.74756 \) となることが知られています。

 いくつかの結晶構造に対するマーデルング定数の数値例を下表に示します。

 結晶構造 マーデルング定数 
 単純立方 NaCl  1.7476
 体心立方 CsCl  1.7627
閃亜鉛鉱型 ZnS   1.6381

イオン結合結晶 の例 最後にいくつか典型的なイオン結合結晶の例を挙げておきます。

<1価陽イオンと1価陰イオンの組み合わせ> LiF、NaCl、KNOなど

  1価の陽イオンとしてはLi、Na、K、Rb、Csのアルカリ金属イオンの他、単一原子でないNH(アンモニウムイオン)も1価の陽イオンとして振る舞います。

  1価陰イオンとしてはF、Cl、Br、Iのハロゲンイオンの他、NO(硝酸イオン)などがあります。

<2価陽イオンと2価陰イオンの組み合わせ>  MgO、BaSOなど

  2価陽イオンとしては Mg、Ca,Sr、Baのアルカリ土類金属イオンがあります。

  2価陰イオンとしては O、Sの他、SO(硫酸イオン)、CO(炭酸イオン)など 1価陽イオンと2価陰イオンの組み合わせ、 KO、CaCOなど 2価陽イオンと1価陰イオンの組み合わせ MgF、Ca(NOなどがあります。

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