科学・基礎/結晶の話
1.はじめに
固体物理学の教科書をみると、その多くが冒頭に結晶学に関する章を配置しています(1)。これは固体物理学のほとんどが結晶を対象にしているからです。とくに半導体においては、半導体デバイスのほとんどが結晶それも単一の結晶すなわち単結晶をベースに作られています。半導体デバイスの多くの機能が結晶の性質によって実現しているからです。
結晶は英語ではクリスタル(crystal)です。日本語でクリスタルというと水晶を指すように思いますが、辞書を引くと確かにこの意味がトップに載っています。水晶が自然界に存在する代表的な結晶であることはまちがいありません。水晶の成分は二酸化ケイ素です。
この他、ダイアモンドなど宝石の多くも自然界に存在する結晶です。結晶の産出自体が稀少ですが、透明度が高く、結晶面に沿ったカットが独特の美観を引き起こすという結晶独自の魅力があってこそ、これだけ珍重されるのでしょう。
ここで「結晶面」という言葉が出てきましたが、結晶はその成分の原子が規則正しく並んでいるものを言います。水晶の場合はケイ素(シリコン、Si)と酸素(O)の原子の数が1:2になるように並んでいます。
結晶は3次元の立体なので、3つの方向に向かって原子が規則正しく並んでいなければなりません。ということは2方向に向かっても原子は規則正しく並んでいなければならず、原子がある面内に並んでいることになります。このような面が結晶面と呼ばれていますが、この結晶面の沿って結晶を割れやすく、割れた面はきれいな平面になります。
水晶やダイアモンドなどはもともと天然物です。自然界でどうしてこのような規則正しい結晶ができるのでしょうか。まず硬い結晶ができるためには原子と原子が強く結びつく必要があります。その原動力は何かという問題があります。
さらにどうして規則正しい並びを作るのかという問題があります。これはそうなりやすい理由があると推測されます。物質はある温度以上では融けて液体になります。このときその物質を構成している原子は自由に運動できる状態になっています。これを冷やしていくと次第に原子は動き難くなり、やがて固まります。このとき原子は乱雑になるより、規則正しく並びやすい理由があり、そのために結晶ができると考えられます。
つぎにできた結晶がどのような原子の並びになるのかという問題があります。上に述べたように3つの方向に向かって原子が規則正しく並ぶ仕方は無限にあるわけではなく、かなり限られた仕方しかありません。古くからの鉱物の研究で原子の並び方は「対称性」という見方で整理されています。
半導体に関する書籍、文献には、例えばSiやGaAsの結晶はダイヤモンド格子であり、対称性は \(\bar{4}3m\) であるなどと書かれています。しかしこれ以上の詳しい説明はないことが多いようです。一方、固体物理学や結晶学に関する教科書などはより広い範囲の物質を扱っているため、これらを調べても半導体結晶についての上記のような記述の意味を直ちに理解できないこともあります。
次項以降ではこのような問題に少しでも答えを出せるように、半導体の結晶を例にあげつつ、結晶を形作る原動力は何か、できた結晶はどのような構造、対称性をもっているのか、について考えます。さらに結晶の構造の解析方法、結晶の成長についても触れます。
(1)例えば、C. キッテル、固体物理学入門 第1章 結晶構造(丸善)