産業/色彩の話

4.等色実験

 色の違いは色相、明度、彩度の3要素で表すことができますが、この各要素は実際の色を人が見ながら感覚的に捉えるしかありません。元来、色というものは人間の感覚なので、これでよいのですが、言葉での説明がもう少しできないものでしょうか。そこで登場してきたのが、3原色の考えと言えるかもしれません。

 すべての色は3つの原色を混ぜることによって得られるという事実は古くからわかっていて3つの色をどのように混ぜるとどんな色が得られるかについての実験も古くから行われデータが蓄積されてきました。

 なぜそうなるのか、はじめは明らかではなかったのですが、今では私達の眼の仕組みがまさにそうなっていることがわかっています。眼の網膜には視細胞が並んでいて、それらにはそれぞれ赤、緑、青に特に感度をもった3種類があることが知られています。

 つまり眼では入射してきた光を3つに分けてそれぞれの強さを電気信号に変え、脳に伝えています。脳はこの信号の違いを「色」の違いとして感じるように処理しています。この処理がどのように行われているのかはその結果を調べることによってわかります。自分の脳のはたらきを自分を観察して調べるわけです。

 これを等色実験と呼んでいます。最初に紹介した2冊の本にはいずれも装置を図示してどのような実験を行うのかを説明しています。両方の本の図はかなり違ったものですが、ここに示す図4-1は「どうして色は見えるのか」(第二章、3)に載っている図に近いものです。

 まずなにか調べたい色の光源(試験光)で白いスクリーンを照らします。一方、3色の基準光(基本的には赤、緑、青の3色です)を用意します。

 基準光には単色光を使うのが理想ですが、レーザが発明される以前はこれに当たる光源はありませんでした。そこで古くから使われてきたのは水銀灯です。水銀灯の光は白色光ですが、原子の準位間の遷移による複数の単色に近い発光が含まれています。そこである狭い範囲の波長だけを通すフィルタを使ってほぼ単色の光を切り出すことができます。水銀灯を使う場合には3色光の波長は700.0nm(赤)、546.1nm(緑)、435.8nm(青)です。

 この試験光と基準光を遮光壁で区切って混じらないようにしたうえで、観測者は両方のスクリーンを見比べます。そして3つの基準光の量をそれぞれ調整して両方のスクリーンの色が同じになるようにします。この結果から試験光は3つの基準光を得られた比率で混ぜることにより得られることがわかります。

 「色彩の科学」には電磁気学で有名なマックスウェルが夫人の協力を得て、この等色実験を行い膨大なデータを得たというエピソードが記されています。用いられた装置の図も示されています。この実験は19世紀半ばに行われた先駆的なもので、3原色の波長も上記のものとは異なり、630.2nm(赤、R)、525.1nm(緑、G)、456.9nm(青、B)の3つが使われました。

 「色彩の科学」にはこのマックスウェルのデータをもとに3色混合の具体例が説明されています。わかりやすいと思いますので、これに沿って少し説明します。

 白色光Wを試験光として基準光(R、G、B)の量を測定した結果は   \[18.5\mathrm{R} + 27\mathrm{G}+37\mathrm{B}=\mathrm{W}\tag{1}\] という色で表せます。R、G、B の各項の係数が各基準光の量です。この式を等色式と呼んでいます。

 つぎに基準光の R を波長606.4nmのオレンジ色(Or)の光に変えて実験すると次式の関係が得られます。 \[16\mathrm{Or}+21\mathrm{G}+37\mathrm{B}=\mathrm{W}\tag{2}\] (1)式から(2)式を引くと

\[18.5\mathrm{R}-16\mathrm{Or}+6\mathrm{G}=0\tag{3}\]

となりますから、移項して整理すると

\[\mathrm{Or}=1.2\mathrm{R}+0.37\mathrm{G}\tag{4}\]

となります。これはオレンジ色 Or が R と G の混色で表せることを示しています。

 もう一つ別の例を示すと、    \[18.6\mathrm{R}+31.4\mathrm{G}+30.5\mathrm{B}=\mathrm{W}\tag{5}\] \[18.3\mathrm{R}+33.2\mathrm{G}+63.7\mathrm{In}=\mathrm{W}\tag{6}\]

ここで In はインジゴと呼ばれる藍色で波長は434.2nmです。なお、(5)式は本来(1)式と同じはずですが、少し違っているのは実験誤差だそうです。同じ色についてこの程度の誤差は出るということがわかるかと思います。

 さて同様に(5)式から(6)式を引いて整理すると \[\mathrm{In}=0.005\mathrm{R}-0.03\mathrm{G}+0.48\mathrm{B}\tag{7}\] が得られ、インジゴの等色式が得られました。ここで注目すべき点は G の係数が負になっていることです。上記の実験からはマイナスの係数が得られることはないので、これはインジゴという色は R, G, B の混色では表せないことを示します。あらゆる色は RGB の3原色の混色で表せるというのは厳密には正しくないのです。

 (7)式で係数が負になった G の項を左辺に移項すると \[\mathrm{In}+0.03\mathrm{G}=0.005\mathrm{R}+0.48\mathrm{B}\tag{8}\]

となりますが、この式の意味するところはインジゴ(In)の方に緑(G)の光を加えれば、等色関係が得られるということを意味します。こういう場合には形式的に負の係数を使って等色式を書くことになります。

 以上のようにマイナスの項が出ることも含めれば、次々に測定を繰り返すことにより、あらゆる色を RGB の等色式で表せることになります。