光デバイス/受光素子

11.アバランシェフォトダイオード

 pinフォトダイオードと並んで重要な受光素子がアバランシェフォトダオード(APDと略すことがあります)です。別の場所でも触れていますが、アバランシェ(avalanche)とは辞書を引けば雪崩(なだれ)という意味だとわかります。半導体の分野ではもちろん雪ではなく電子の雪崩を意味します。この電子雪崩というのはどのような現象でしょうか。

 半導体に電界がかかると、半導体中にいる自由に動ける電子はこの電界に引かれて動きます。図11-1のようなエネルギーバンド図では傾斜がきついほど電界が強いことを表しますが、電子はこの傾斜に沿って、坂道を転げ落ちるように、または滑り台を滑り降りるように動きます。しかし電子の動きを描かれた通りに受け取るのは誤解のもとです。

 電子が半導体中を移動するときのイメージは、四方八方に原子が並んでいて、電子はあるときは原子の間をすり抜け、あるときは原子にぶつかりながら動いているというものです。障害物もなく坂道を転げ落ちるというイメージとは違います。電子は原子よりずっと軽いので原子にぶつかると弾かれて動く方向が変わります。このため個々の電子はばらばらの方向に、しかもひっきりなしに方向を変えながら動いています。ただたくさんの電子を平均してみると、確かに電界に沿って坂の上から下に向かって全体が移動していることになります。

 このように電子が原子に衝突することは、普通に起きていて電子のスピードが遅いときはぶつかった電子が向きを変えるだけです。ところが電子が高速で原子にぶつかると、原子の中にいる電子が原子から叩き出されるようになります。勢いよく飛んできたボールがガラス窓に当たったとき、ガラスが割れて飛び散るようなイメージでしょうか。

 図11-2は高い電界がかかった半導体中の電子、正孔の動きを模式的に示しています。ここでは空乏層のマイナス電位側a点(図11-1に示すように電子にとっては坂の上側に当たります)で光によって電子-正孔対ができた場合を示していますが、電子が右側から拡散して入ってきたような場合でも同じです。

 電子は電界に沿って左へ動きます(赤い矢印)。この電子は高い電界で加速されて高速となり、やがてb点で原子に衝突します。このとき電子を飛び出させ緑色の楕円で示した電子-正孔対を作ります。電子と正孔は分かれて反対方向(赤と青の矢印で示しています)に動きますが、電子は衝突してきた最初の電子と発生した電子の両方がさらにc点で別の原子に衝突し、それぞれ電子-正孔対を作ります。このようにして次々に電子ができ、その数はねずみ算的に増えていきます。同様に正孔もd点やe点で原子と衝突して増えます。これが電子雪崩で、最初1個だった電子が原子と衝突しながら急激に増える現象です。

 ここで高い電界と言いましたが、電子雪崩が発生する電界は大体1cmの厚さの半導体に1万ボルト以上の電圧をかけたくらいの大きさです。随分高い電圧と思われるかもしれませんが、家庭にきている商用電源の100V(交流ですがそれは今は考えないでおきます)を使うときにつなぐ電源コードは電線の外側にビニールなどの絶縁体を被せたものです。この絶縁体のビニールの厚さはどうみても数mmです。1mmの厚さに100Vということは1cmに1000Vということです。この位は身の回りで普通のことなのです。これより10倍以上電圧を上げると電子雪崩が起きる可能性があるということです。

 pn接合で電子雪崩が発生して電流が流れることを電子雪崩降伏とかアバランシェ降伏と言うことがあります。接合が電界の力に屈したという意味合いですが、電界を下げるとこれは元の状態に戻ります。しかし電界が非常に高いと大電流が流れて熱が発生しますからその熱で半導体自体が融けてしまうことになります。こうなると電界を下げても元には戻らなくなってしまいます。これが電子雪崩を原因とする接合の破壊です。デバイスとしてはもちろんこのようなことは起こさないようにしなければいけません。

 さて前置きが長くなりましたが、アバランシェフォトダイオードは上で説明した電子雪崩を利用した受光素子です。図11-3の青線は光を当てていない場合のダイオードの電流-電圧特性です。図のようにマイナス電圧が大きくなると、電流が急に流れ始めます。これが電子雪崩降伏です。赤線で示す光を当てた場合は、降伏が起こるより少し低い電圧で光電流が増え始めます。光のよって発生した電子-正孔対が図11-2に示したような過程で電子雪崩を引き起こすためです。

 1個の光電子の発生を契機にして電子雪崩が起きると、その何倍にも電子が発生しそれが光電流となります。これを光電子の増倍と言います。普通のpinフォトダイオードでは発生した電子がそのまま流れるだけですが、アバランシェフォトダイオードでは光電子の増倍が起こるため、同じ光の強さに対して大きな光電流が流れます。これはアバランシェフォトダイオードが受光感度が高いという利点をもっていることを意味します。

 このようにアバランシェフォトダイオードは基本的にはpinフォトダイオードに高い電圧をかけて使うだけですから、素子の構造はほとんどpinフォトダイオードと変わりません。ただ次項以降で紹介するように、高い電圧をかけて使うための工夫は必要です。

 アバランシェフォトダイオードの最初のアイデアは、これも西澤潤一先生によって1952年に提示されたとされています(1)。その後、アバランシェフォトダイオードという名前が文献に登場してくるのは1960年代後半のアメリカになります(2)(3)。この間15年ほどの間の経緯は調べきれていません。

(1)特開昭30-008969号

(2)K.M.Johnson, IEEE Electron. Devices, ED-12, 59 (1965)

(3)特開昭46-017831号

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