電子デバイス/絶縁ゲート電界効果トランジスタ

5.IGFETの動作特性(ゲート電圧-ドレイン電流特性)

 IGFETではソース-ドレイン間を流れる電流をゲート電圧によってコントロールしていることは前々項で触れましたが、実際にどのような特性になっているかを説明します。

 p型半導体を使ったIGFETの場合、前項で説明した反転状態の電子を利用します。半導体と絶縁体の界面に貯まった反転状態の電子を横に設けたソース電極とドレイン電圧の間で移動させます。

 いま図5-1はIGFETの素子構造の概略断面図ですが、外部回路を合わせて描いています。いまゲート-ソース間電圧Vgsを同図(A)に示すように0V付近にするとゲート絶縁膜との界面付近の半導体が空乏状態になります。このときドレイン-ソース間に電圧をかけても電流はほとんど流れません。ここでVgsを正の方向に変えていくとやがて界面付近の半導体が同図(B)に示すように反転状態になります。図の場合、半導体基板がp型ですから、界面にはn型の導電路ができます。この導電路のことをチャンネルと呼び、この場合はnチャンネルとなります。逆に基板がn型ならpチャンネルができます。IGFETの製品は普通このチャンネルがnかpかで区別されています。

 この状態でドレイン-ソース間に電圧Vdsをかけると、回路に電流が流れるようになります。この電流のことを普通はドレイン電流(I)と呼んでいます。このドレイン電流が流れ始めるゲート-ソース間電圧のことをしきい電圧と呼びます。このゲート電圧をさらに正の方向に増やしていくと、界面の電子の量が増加する、言い換えればチャンネルが太くなり、ドレイン電流は増加します。したがってnチャンネルの場合のゲート電圧とドレイン電流の関係は概略、図5-2のようになります。

 図の赤色の特性ではしきい電圧はほぼ0Vに描かれています。普通に考えるとこのようになると考えられますが、しきい電圧は必ずしも0Vになるとは限りません。nチャンネルの場合、図の青色で示すように、しきい電圧がマイナスになる場合があります。このような場合をディプレッション(Depletion)型のIGFETと呼んでいます。一方、しきい電圧が0ないしプラスの場合をエンハンスメント(Enhancement)型IGFETと呼んでいます(1)

 エンハンスメント型の場合はゲート電圧が0Vの場合、界面は空乏状態になっていてチャンネルが形成されていないため、ドレイン電流は流れません。これに対してディプレッション型の場合はゲート電圧が0Vであってもチャンネルが形成されていてドレイン電流が流れます。

 現在のIGFETはほとんどエンハンスメント型で、ディプレッション型は特殊な用途にしか使われていないようです。この2つのタイプが存在する理由は多分に過去の開発の歴史に関係があると考えられます。

 後の項で取り上げますが、初期においてはSiO絶縁膜中に正電荷が存在する場合がありました。これは主としてナトリウムなど正電荷をもつイオンが不純物(汚染物質)としてSiO成膜時に取り込まれてしまうためでした。nチャンネルIGFETの場合、絶縁膜中に正電荷が存在すると、半導体中の電子が界面に引き寄せられ、ゲートに正電圧がかけられたのと同様な反転状態となってしまう場合があります。これが意図せずにディプレッション型のできてしまう理由でした。

 逆に言うとpチャンネルIGFETではディプレッション型は作るのが難しいことになり、どう作るかは一つの技術課題になっていました(1)。現在ではこの問題は解決しているので、ディプレッション型が必要な場合は意図的に作られることになります。その方法は例えばpチャンネルのディプレッション型を作りたければ、n型半導体の絶縁膜界面付近にアクセプタ不純物をドープする方法があります。これによってゲート電圧が0であってもチャンネルが存在し、ディプレッション型pチャンネルIGFETが作製できます。

 ディプレッション型とエンハンスメント型の名前の言われについて触れておきます。この名称はIGFETが登場するより前に接合型FET(別章で取り上げる予定)について命名されたようで、IGFETが作られ始めた1960年代半ばには一般化していたようです。この英語の名称は、英語を母語とする人の命名だろうと思われますが、だれがいつ使い始めたのかは筆者は知りません。名前の言われは、回路でのFETの使用法から来ているようです。ゲート電圧を変化させていくとドレイン電流が減少し、やがて流れなくなる、つまり空乏層ができるような使い方をディプレッション・モードと言い、ゲート電圧を変えるとドレイン電流が流れ始め、増加するような使い方を増加を意味するエンハンスを使ってエンハンスメント・モードと言うことにしたようです。ここからディプレッション・モードで使いやすいのがディプレッション型FET、エンハンスメント・モードで使いやすいのが、エンハンスメント型FETと分類されたようです。このように回路部品として使う立場からの分類で、原理的に見ると単にゲート電圧とチャンネル形成の関係がずれているに過ぎないことがわかると思います。

(1)特公昭41-3418号