光デバイス/発光ダイオード

 

53.変圧回路(その3)

 少し立ち入り過ぎのきらいがありますが、もう少しDC-DCコンバータについて話を続けます。

 前項では自己誘導を使った回路例を紹介しましたが、その他に相互誘導を使った回路も使われています。相互誘導とは図53-1のように2つのコイルを使い、一方のコイルの誘導現象で発生した磁界により、他方のコイルの誘導現象が引き起こされる現象です。

 相互誘導を起こすためには、通常、共通の鉄芯に2つのコイルを巻いたものを使います。一方のコイルに電流を流すと、鉄芯が磁化され、それによって他方のコイルに誘導電流が流れます。

 鉄芯すなわち磁性体にコイルを巻いた場合についてこれまで触れていませんでしたので、ここで少し説明しておきます。

 断面積 \(S\)、長さ \(l\) のコイルに \(N\) 回の巻線が巻かれている場合、電流 \(I\) を流すと発生する磁束 \(\phi\) は   \[\phi =BS=\mu IS\frac{N}{l}\] と表されます。ここで \(\mu\) は透磁率と呼ばれ、磁芯の材料によって決まります。なお、単位面積当たりの磁束を磁束密度 \(B\) といいます。

 電流 \(I\) によってコイル両端に発生する誘導電圧 \(V\) は   \[V=-N\frac{\mathrm{d} \phi }{\mathrm{d} t}=-\mu \frac{N^{2}S}{l}\frac{\mathrm{d} I}{\mathrm{d} t}\] ですから、インダクタンス \(L\) は   \[L=-\mu \frac{N^{2}S}{l}\] と書けます。すなわち、インダクタンス \(L\) は透磁率 \(\mu\) に比例しますから、大きな透磁率の材料を使うとインダクタンスを大きくすることができ、同じ電流で大きな誘導電圧を生じさせることができます。

 この透磁率 \(\mu\) は物質によって変わる定数ですが、真空の透磁率 \(\mu_{0}\) に対して   \[\mu =\mu _{r}\mu _{0}\] と書く比透磁率 \(\mu_{r}\) を使って表すのが便利です(比誘電率と同様です)。この比透磁率は強磁性体ではとくに大きく、鉄で5000程度、特殊な合金では1×105という大きな値のものもあります。

 図53-1に戻ると、1次コイルL1に電流を流し、磁束に変化が生じた場合、この磁束の変化により、2次コイルL2に誘導電圧が発生します。この誘導電圧 \(V_{21}\) は   \[V_{21}=-M_{21}\frac{\mathrm{d} I_{1}}{\mathrm{d} t}\] と表されます。ここで \(M_{21}\) はコイル1,2間の相互インダクタンスと呼ばれます。

 この相互インダクタンスを利用しているのが変圧器(トランス)ですが、これを使ったDC-DCコンバータを以下に紹介します。図53-2はその回路の一例です。各部の波形を図53-3に示します。1次側でスイッチ(トランジスタ)がオンになると前項の回路と同様に1次コイルL1に電流が流れてエネルギーが蓄積されます(赤線矢印)。

 スイッチがオフになったとき、まず1次側は、1次コイルに貯まったエネルギーの行き所がなくなりますが、2次コイルL2があるので、こちら側に放出されます(青線矢印)。なお2つのコイルの脇にあるドットのマークは巻線の方向、すなわち電流の極性を示す記号で、図の場合は1次側と2次側が逆極性であることを示しています。

 ここで2次コイルの巻線数を1次コイルの巻線数より大きくしておくと、昇圧が可能です。ただし通常の定常状態で使う変圧器のように巻線数の比に比例して電圧が変換されるわけではなく、より大きな昇圧が可能です。

 再度スイッチがオンになると1次コイルに再度エネルギーが蓄えられます。その間、この1次側の電流による誘導電流は2次側のダイオードによって阻止されますが、2次側のコンデンサに蓄えられた電荷が負荷側に放電される(赤線矢印)ので、負荷には電流が流れ続けます。この辺りの動作は前回の昇圧型の回路の場合とまったく同じです。

 この回路のはたらきは前回の昇圧型の回路とまったく同じですが、違いは直流的には1次側と2次側がまったく切り離されていることです。このことから変圧器を使った回路は絶縁型DC-DCコンバータと呼ばれています。

 この絶縁型のDC-DCコンバータを発光ダイオードの駆動回路に応用した例を図53-4に示します(1)

 絶縁型のDC-DCコンバータにはこの他にもいろいろな回路がありますが、ここでは省略します。

 なお、図53-2の回路のDC-DCコンバータはフライバック型と呼ばれる場合があります。これはどういう意味か、蛇足になりますが記しておきます。フライバックは英語で、綴りは"flyback"です。意味は「飛んで戻る」とでもいうのでしょうか、技術用語としてはテレビのディスプレイで輝点が、左から右への走査が終わった後、速やかに左へ戻ることを言うと辞書に説明が記されています。

 これとDC-DCコンバータがどう関係するのでしょうか。テレビのディスプレイは少し前まではブラウン管(陰極線管、CRT)が使われていましたが、陰極線つまり電子線の電子を引き出すのに1000Vクラスの高電圧が必要でした。この高電圧はテレビの装置内でDC-DCコンバータによって発生させていました。

 このためにはこれまで説明してきたように低圧のパルス電圧が必要です。テレビではこのパルス電圧を発生する回路を特別に設けず、普通は輝点を水平方向に走査するためのパルス電圧を流用しています。回路の節約アイデアです。

 この水平偏向電圧をトランスの1次側に印加し、2次側で昇圧した電圧を発生させていますが、このトランスのことをフライバックトランスと呼んでいます。ここから今回紹介したタイプのDC-DCコンバータをフライバック型と呼ぶようになったと推定できます。

(1)特開2006-210835号