電子デバイス/電界効果トランジスタ

5.GaN系HEMT

 バイポーラトランジスタの章でGaN系のヘテロ接合トランジスタについて触れていますが、電界効果型にもGaN系半導体が応用されています。ここではGaN系HEMTを取り上げます。

 1970年代末のHEMTの発明時点ではGaNをはじめとする窒化物系Ⅲ-Ⅴ族半導体が実用として使える半導体になるとはまったく予想されていませんでした。ところが1990年代になって青色発光ダイオードが開発され、GaN系半導体でpn接合の作製が可能になりました。ここからトランジスタなど電子デバイスへの応用までの道のりはそれほど遠くなかったようです。

 たしかにバンドギャップエネルギーの大きい半導体で扱いやすい材料はあまりなく、p型の作製がやや難しいとはいえ、pn接合が実現でき、またⅢ-Ⅴ族ということで、Ⅲ族元素にGaのほか、AlやInが使えて混晶のバリエーションも広いことから、窒化物系半導体への期待は大きいものがありました。

 GaN系のHEMTは1990年代初めには研究が始められています。基本的構造は図5-1のようなもので、ソース及びドレイン電極下に拡散領域が設けられていない点を除けば従来のHEMTと変わりありません(1)

 バンドギャップの大きい半導体はバイポーラトランジスタのところでも説明している通り、耐圧が高いことが期待されるため、大電力で高速が要求される分野、例えば高周波電力増幅用などへの応用が当初から目的とされていました。

 このGaN系HEMTの実用化にあたってはいくつかの課題がありました。それらについて以下に触れておきます。

(1)基板材料  発光ダイオード(LED)の場合にも問題となりましたが、GaNのバルク結晶は成長することが難しく、異種基板を使わざるを得ませんでした。LEDで実績のあるのはサファイア(酸化アルミニウム)で、初期にはHEMTにも使われました(1)。しかしサファイアは高価で大面積ウェハは得られません。電力用HEMTはLEDより素子として大きくなるため、より安価な基板が望ましいと言えます。

そこで候補になったのはシリコン基板です。しかしGaNとSiは結晶形が異なり格子定数差も大きいので、Si基板上に良質のGaN結晶を成長するには工夫が必要です。手段としては、例えばサファイア基板の場合、バッファ層を設ける方法がよく知られていて、ここでもその手法が用いられています(2)

 GaN基板も諦められたわけではありません。これまでは気相成長で厚い結晶膜を成長する方法でなんとかバルク結晶に近いものを得ていましたが、もっと別の方法で結晶成長させようという試みもあるようです。

(2)エンハンスメント(ノーマリーオフ)型の実現  HEMTのチャンネルは反転層ではなく2次元電子ガス(2DEG)の蓄積によって形成されます。このためゲート電圧がゼロのとき、ゲート電極直下に2DEG層(チャンネル)が存在しやすくなります。言い換えるとこれはディプレッション(ノーマリーオン)型になりやすいことを意味します。通常の用途ではノーマリーオン型はオフにするのにわざわざ電圧をかける必要があり、あまり便利ではありません。そこでノーマリーオフ型のHEMTを実現する工夫が必要とされました。

 ひとつの手段は図5-2のようにゲート電極直下の電子供給層を薄くした部分(リセス)を設ける方法です(2)。キャリア供給層中には電子を乖離し正に帯電したドナー不純物がありますが、層の薄い部分はこの正の電荷の量が少なくなりますから、ゲート直下に引き寄せられる電子も少なくなります。これによってゲート電圧がゼロのとき、2DEG層がゲート直下では途切れるようにすることができます。

 もう一つの手段は図5-3にしめすようにゲート電極直下部分だけにp型層を設ける方法で(3)。p型層を設けた場合のエネルギーバンドの様子を図5-4(a)に示します。図のようにゲート-基板間に電位差がない場合、p型層がない場合(同図(b))に比べるとp型層の存在によりi-GaN層界面のフェルミレベルが下がり、2DEG層が発生しない状態にすることができます。

 以上により異種基板上にエンハンスメント型(ノーマリーオフ型)のGaN系HEMTが作製できるようになります。このHEMTの信頼性向上について次項で取り上げます。

(1)米国特許US5296395 号

(2)特開2009-76845号

(3)特開2008-98434号