電子デバイス/電界効果トランジスタ

4.HEMT

 MESFETはゲート絶縁膜が不要なので移動度の大きいGaAsなどの化合物半導体のFETが実現できます。しかし実際に高速なFETを作ろうとすると問題も出てきました。いかに移動度が大きくてもチャンネルに電子があまり多くいないようではソース-ドレイン間に十分な電流を流すことができず、トランジスタの性能としてはよくありません。チャンネルとなる半導体中に多くの電子を供給するためには、ドナーとなる不純物をたくさん導入すればよいのですが、これをすると問題が起こります。

 電子がチャンネルを走行するとき、チャンネルが例えばGaAsならGaとAsが整然と並んだ結晶であれば、電子は期待通りの大きな移動度を持ちます。ところがここに不純物がいると電子はそれに引っかかってスピードが落ちてしまうのです。

 この問題を解決するために開発されたのがHEMT(ヘムトと読みます)です。"High Electron Mobility Transistor"の略で、日本語に訳せば「高電子移動度トランジスタ」です。このHEMTが富士通社の三村高志氏によって提案がなされたのは1980年です。最初の特許は前年(1979年)の年末に出願されています(1)。これにはかなり詳しく原理の説明がなされています。

 化合物半導体の世界ではヘテロ接合の研究が多くなされ、非常に薄い膜を重ねた量子井戸あるいは超格子というものが登場してきました。この量子井戸層はバンドギャップエネルギーの小さい井戸層をこの井戸層よりバンドギャップエネルギーの大きい障壁層で挟んだものです。井戸層と障壁層はバンドギャップエネルギーが異なる必要がありますから、基本的に違う材料の重ね合わせ、つまりヘテロ接合となります。

 この井戸層と障壁層には必要に応じて不純物を入れてもよいし、入れなくてもよいのですが、井戸層と障壁層の不純物を同じにする必要はなく、変えることもできます。このように井戸層と障壁層に入れる不純物の種類、量が違っていることを変調ドープと呼んでいます。HEMTでは一方の層に不純物を多くドープし他方の層には不純物をドープしない変調ドープ構造をとっています。

 図4-1はHEMTの基本構造を示しています。一見IGFETと同じに見えますが、GaAs基板の上にGaAs層が成長されています。このGaAs層には基本的に不純物がドープされません。その上の層はIGFETの絶縁層のように見えますが、半導体層です。具体例としてはGaAsよりバンドギャップエネルギーの大きいAlGaAs層で、この層にはn型不純物がドープされます。制御用電極(ゲート電極)、ソース電極、ドレイン電極の役割は他のFETと同じです。

 ここでFETのチャンネルはGaAs層にあるのがわかります。GaAs層には不純物はドープされていないので、移動度は高い状態に保たれています。そしてチャンネルを走行する電子はAlGaAs層から供給されます。その様子を示したのが図4-2です。この図はHEMTのエネルギーバンド図です。

 真ん中の層がAlGaAs層、右側の層がGaAs層、左側の層が制御用電極の金属(Al)層を示しています。AlGaAsはGaAsよりバンドギャップエネルギーが大きいので、絶縁膜に近いはたらきをしてゲート電極からチャンネル層へ電子が流れ込むのを防ぎます。しかし不純物がドープされたn型半導体ですから、図のように金属との界面側はショットキー障壁による空乏層ができ、GaAsとの界面はヘテロ接合による空乏層ができる複雑な状態になります。

 大事なことはAlGaAsとGaAsのバンドギャップエネルギーが違うため、GaAsの表面付近、つまりチャンネルとなる部分は図のように谷間のようになって電子が貯まります。この電子はGaAsには不純物がドープされていないので、ソース-ドレイン間の電位差によって高速で移動することができ、これによって高速で動作するトランジスタができます。なお、チャンネル部分は薄い面内にたくさんの電子がその動きを妨げれることもなく漂っているような状態になりますので、2次元電子ガス(略して2DEG)と呼ばれることがあります。

 電子が走る層(ノンドープGaAs層)と電子を作り出す層(n型AlGaAs層)を分離するという非常に巧妙な手段によりHEMTという高速トランジスタが実現されたわけです。HEMTはとくに高速な動作が必要な携帯電話や衛星放送のアンテナ部分などに多く使われています。

 HEMTの命名にケチをつけるわけではありませんが、HEMTは商品名としてはよくてもこのデバイスの中身を表していないように思われます。例えばIGFETの名前はその構造に由来します。ところが「高電子移動度」というのは結果としてのトランジスタの特性、特徴を言っているもので、どのような構成をとったから高い移動度が実現できたのかを表していないのです。

 同じトランジスタの呼び名として外国で使われているMODFETというのがあります。このMODは"Moduration Doped"、変調ドープの略です。変調ドープはこのトランジスタの特徴となる構造を示しています。ここでは定着しているHEMTを使いましたが、教科書などに使う名称としては再考の余地があるかも知れません。

(1)特開昭56-94780号