電子デバイス/薄膜トランジスタ

 

7.アクティブマトリックス液晶ディスプレイ

 前項で説明したように液晶ディスプレイは、液晶セルに電圧をかけて液晶分子を配向させ、配向によって透過光の偏光が変化することを利用して、明暗の差を出すという原理で表示を可能にしています。

 発光素子のオンオフなどに比べるとやや間接的な原理によっていますが、電圧印加の切り換えにより表示が制御できるので、あとは電気的な駆動方式を決めれば、ディスプレイとして動作させることができます。

 ここでは平面ディスプレイを対象に碁盤の目状に配列された液晶セルの駆動方法を考えます。このような液晶ディスプレイで画像を表示させるには、各画素を明にするか暗にするかの信号を送ればよく、動画ならそれをつぎつぎに変化させればよいわけです。

 例えば100×100=1万個の画素をもつディスプレイを考えると、1万個すべての画素に独立に表示する画像の情報を送らなければなりません。この規模ではせいぜい数文字を表示するのがやっとですから大きな規模のディスプレイでは1個1個の画素に別々に信号を送るのは非常に大変です。

 そこで考えられたのが図7-1のように各画素のところで交差するように縦横の線状電極で液晶セルを挟んだ構造です。この方式を単純マトリックス方式と呼びます。横方向の走査線は1本ずつ順に選んで例えばグランドに接続され、他は回路から切り離します。今、X1の走査線が選ばれているとき、11,12,・・・の画素の明暗情報をデータ線Y1、Y2・・・Y100に送ります。つぎにX2に選択を移し、21、22、・・・の画素の明暗情報をY1、Y2・・・Y100に送ります。これを図では省略されているX3、X4・・・と繰り返し、最後のX100の走査線まで続けると100×100の画面(フレームといいます)が完成します。この走査線の走査をある程度速くすれば人間の眼には残像がありますから、一つの画面全体が表示されているように見えます。

 この単純マトリックス法は文字通り単純でよいのですが、選択されていない走査線上の画素にも電圧が少しかかってしまい画素間ににじみが出てしまったり、電極はコンデンサになるため、全体が大きくなると容量の充電に時間がかかってしまい動作が遅くなるなど、画素数が多くなると問題点が出てきます。カラーの動画表示などはかなり難しくなります。例えばモノクロの数字を表示するだけでよいような液晶ディスプレイに多く使われています。

 ところがパソコンやテレビのカラー画面では画像をできるだけくっきりと鮮やかに表示する必要があり、また動画では早い動きも表示できなければなりません。詳しい理由は省略しますが、単純マトリックス方式ではこのような要求には充分応えられません。そこで考え出されたのが、一つ一つの画素にスイッチ素子を設けるやり方です。これをアクティブマトリックス方式と言います。スイッチ素子はトランジスタに限らず他のデバイスでもよいのですが、現在ではほとんどTFTが使われています。

 なお平面ディスプレイとしては液晶ディスプレイのほかにかつてはプラズマディスプレイも使われていましたが、最近はむしろ有機ELディスプレイが急速に普及しようとしています。このプラズマディスプレイや有機ELディスプレイは液晶とちがって自分で発光します。多数の画素のどれを光らせ、どれを光らせないか切り換えてやらなければ画像の表示はできませんから、画素ごとにスイッチは必要です。しかし液晶ディスプレイのようにパネルが光を通す必要はないので、透明なガラス基板上にトランジスタを作りつける必要は必ずしもありません。

 アクティブマトリックス方式を最初に提案したのはアメリカのRCA社のLechnerという人のグループとされています。特許(1)は1967年に出願されています。TFTもこれより前にRCA社から最初に提案されていますから、同社はこの時期、先進的な研究をやっていたと言えますが、この研究開発は継続されなかったようです。

 さらにアメリカのウェスティングハウス社が1972年に出願した特許(2)にはTFTを使ったアクティブマトリックス方式の液晶ディスプレイについて基本的なことがすでに書かれています。もちろんこの時代にはまだアモルファスシリコンが使えることはわかっていないので、TFTはCdSeなどを使った例が記されているだけです。

 図7-2はアクティブマトリックスの回路を示しています。これだけみるとDRAMとまったく同じ回路です。ただしこの場合はコンデンサの記号で示したC11~C22が液晶セルです。絶縁ゲート電界効果トランジスタであるTFTのゲート電圧を走査線W1、W2・・・を走査してコントロールし、データ線B1、B2・・・に繋がったTFTのソース-ドレイン間をオン、オフして、液晶セルにかかる電圧を切り換えます。

 この回路がどう実現されているかの具体例が図7-3図7-4です(3)図7-3は液晶パネルを上から見た図ですが、四角で表された部分が透明電極で、図面では省略していますが、この上に液晶セルがあります。ところでこの透明電極ですが、現在もっともよく使われているのは酸化インジウム-錫です。Indium-Tin Oxideの頭文字をとってITOと呼ばれています。金属に比べると少し抵抗率は高いですが、充分電極として使え、光もよく通します。

 図7-3に戻りますが、この透明電極の左上にあるのがTFTです。図7-4図7-3の破線部で切ったTFTの断面図ですが、ここで使っているTFTは逆スタガ型で、下側にゲート電極があります。図7-3で左右に走っている走査線が、横方向に並んだゲート電極を繋いでいます。走査線とゲート電極は一体に作ることもできます。またソース電極はデータ線に繋がり、ドレイン電極は各画素の透明電極に接続されています。これで図7-2の回路が形成されていることがわかります。

 一方、図7-4のTFTの断面をみると、液晶セルの片側にあるガラス基板の上にゲート電極があり、その上をゲート絶縁膜が覆っています。その上に半導体層があり、さらにその上にソース電極とドレイン電極が設けられています。右側のゲート絶縁膜の上にある層が透明電極層です。これとドレイン電極が繋がっているのがわかります。

 アクティブマトリックスの回路は図7-2をみる限りではDRAMなどの半導体メモリと同じです。しかしメモリの場合は、各メモリ素子にランダムにアクセスする必要がありますが、いつも全素子にアクセスする必要はありません。これに対してディスプレイは端から走査して全素子の状態を決め、これを繰り返す必要があり、動作が異なります。

 また液晶ディスプレイの場合は図7-2のように光を通す部分を作らなければなりません。というかTFTや配線など光を通さない部分はディスプレイにとってはない方がよい邪魔な部分になります。この点は隣のトランジスタをできるだけ接近させて詰め込みたいDRAMなどとは考え方がまったく違います。アクティブマトリックスではトランジスタはできるだけ小さく、しかし画素に一つずつ互いに離れた位置に置く必要があるのです。

(1)アメリカ特許US3532813号

(2)特公昭54-18886号

(3)特開平01-288828号