光デバイス/発光ダイオード
60.有機エレクトロルミネッセンス素子と化合物半導体発光ダイオード
前項ではイーストマンコダック社によって提案された有機電界発光素子について、その概要を紹介しました。その後、これをベースに多くの機関によって改良研究が行われ、現在に至っています。
よく用いられている有機エレクトロルミネッセンス素子(有機EL)の基本的な層構造は図60-1のような3層構造です(1)。化合物半導体の発光ダイオード(LED)で言えば、ダブルヘテロ構造に相当する構造で、正孔輸送層と電子輸送層の間に発光層に相当する層がある3層構造です。さらに正孔輸送層の表面にはアノード電極が、電子輸送層の表面にはカソード電極が設けられます。なおLEDの場合、最低pn2層構造で発光が可能ですが、有機ELでも発光層がない2層構造の場合があります。
この層構造の発光原理を説明するためにはLEDのエネルギーバンド図と同様なエネルギー図(図60-2)が描かれます。この図で正孔輸送層に示された青い矢印は正孔の流れを示しています。また電子輸送層と発光層に描かれた赤い矢印は電子の流れを示しています。発光層は電子輸送性の性質をもっている場合を例示しましたが、前項のように正孔輸送性である場合もあります。電子と正孔は正孔輸送層と発光層の界面で再結合することが図から見てとれます。
この電子と正孔が再結合する位置はダブルヘテロ構造のLEDとは少し異なります。LEDでは電子も正孔も発光層に閉じ込められ、発光層内で再結合するという説明がなされます。有機ELでは正孔輸送層と電子輸送性の発光層の界面、または電子輸送層と正孔輸送性の発光層の界面で再結合が起こるという説明がなされます。
このように、有機ELを理解するためには、(無機)化合物半導体のLEDをこれまで調べてきたことを生かして、LEDと対比しながら見ていくのがよいと思います。
両者の違いの第一は当然、発光する材料が、有機材料か無機材料かという違いですが、その違いはかなり大きいと言えます。これまで見てきたように、LEDは化合物半導体の単結晶エピタキシャル層からなっています。これに対して有機ELは有機分子層からできています。
この有機分子層はイーストマンコダック社の特許では真空蒸着法によって作ったと書かれています。基板はガラスですから、この有機分子層は結晶ではないと思われます。しかし有機分子は整然とは並んではいないものの、近接して詰め込まれたような状態で層を作っているので、電子や正孔が電界によって移動できると考えられます。
化合物半導体LEDでは半導体を構成する原子が規則正しく並んだ結晶で、自由に動ける電子が多数いるn型層と正孔が多くいるp型層を接合させた構造が基本です。多くはこのn型層とp型層の間に発光層を挟んだいわゆるダブルヘテロ構造が使われています。
原子が規則正しく並んだ構造のなかでは電子が存在できるエネルギーは帯(バンド)状になっていて、不連続になっています。原子の最外殻にある電子が作るバンドが価電子帯といい、それより大きなエネルギーを持ち、価電子帯から励起された電子は伝導帯に入ります。この価電子帯と伝導帯の間にはエネルギーギャップと呼ばれるエネルギー領域があって、そこに電子がいることはできません。伝導帯の電子はエネルギーギャップに相当するエネルギーを失って価電子帯に戻るしかありません。このときエネルギーギャップに相当するエネルギーの光を放出します。
このような説明を可能にしたのは量子力学です。量子力学によれば、原子核の周りにいる電子のエネルギーが計算できますが、結晶のように非常に多数の原子核と電子がある系で厳密な計算をするのは困難で、近似計算がなされます。このとき使われる条件は、原子核が規則的に繰り返し並んでいるという仮定です。しかし結晶でない有機分子膜ではこのような仮定をすることはできません。
有機分子による正孔輸送層、電子輸送層も化合物半導体のp型とn型に似ていますが、結晶中に微量の不純物が添加される半導体の場合とは違って、分子の性質そのものによっています。
このような分子における電子の状態を計算するのもベースは量子力学です。1つの分子に含まれる原子核と電子の数は結晶に比べると少ないですが、それでも量子力学で近似なしで計算することは困難で、また原子が繰り返し規則的に並んでいるという条件も使えません。
このような分子における電子状態の計算のためにも近似計算法が開発されています。これが量子化学といわれる分野での分子軌道法に代表される手法です。このような計算により分子内の電子のエネルギーが求められます。その結果によって図60-2のような図を描きます。
この理論の基本的部分については別項で取り上げます。
(1)国際公開2008/015949号