光デバイス/発光ダイオード
29.不純物原子の移動
発光ダイオードの信頼性を損ねる原因として電極の金属元素が移動する現象を取り上げましたが、これ以外にも半導体中を原子が移動することに原因する特性劣化現象があります。
その代表が添加した不純物原子が移動する現象です。高い効率で発光を起こさせるためには電子-正孔対をたくさん作る必要がありますから、不純物を高濃度にドープしますが、一般に発光層には不純物が多く含まれない方が良いとされています。
不純物は異物ですから、これが多量に入り込むとどうしても結晶には欠陥が多くなります。欠陥が多いとせっかく電子と正孔がたくさんあってもこれが欠陥を介して発光せずに再結合して消滅したり、発光しても本来の発光とは違う波長になってしまったりします。
ダブルヘテロ構造はこの問題にも優れた構造です。pn接合の発光ダイオードでは発光する層に不純物をドープせざるを得ませんが、ダブルヘテロ構造なら発光層にはドープせず、その両側の層にドープすることが可能だからです。
ところが周囲の層にドープしたはずの不純物が移動して発光層に入り込んでしまっては元の木阿弥です。このようなことは製造時に起こりがちです。結晶成長は高温で行いますが、原子の拡散は室温より高温の方が早く起こるからです。一方で発光ダイオードの動作時には発光層の温度は室温より高くなりますから、不純物原子はいくらか移動しやすくなります。わずかずつの原子の移動でも長時間動作させた後には次第に蓄積されて悪影響が出る恐れがあります。
このような問題が起きた例としては10項で取り上げた窓層または電流拡散層を設けた場合があげられます。
窓層は電流を広げるために抵抗を低くする必要があります。そのため、不純物を高濃度にドープします。この不純物が結晶成長時にクラッド層を通り抜け、発光層へも移動するという問題が指摘されています(1)。
この特許によると、電流拡散層にドープした亜鉛(Zn)がAlGaInP発光層中に拡散することを分析によって直接確認し、発光層中にZnが拡散しているとフォトルミネッセンス強度が低下することを実験で確かめたとされています。
(注意)ここで同じ「拡散」という言葉が違う意味に使われていますので、混乱しないように注意が必要です。電球拡散層の「拡散」は電流の広がりを意味しています。一方Znの拡散や以下で出てくる拡散防止層の拡散は不純物原子が半導体結晶中に入り込んでいくことを指していて、二つの「拡散」は意味がまったく異なります。
図29-1の左側の図はこの特許のAlGaInP発光ダイオードの断面図、右側は不純物濃度の分布を示しています。活性層(発光層)はノンドープの(Al0.3Ga0.7)0.5In0.5P層です。その両側に厚さ0.6μmのn型とp型のクラッド層が設けられています。組成は(Al0.7Ga0.3)0.5In0.5Pでp型層にはZnが1×1018cm-3の濃度でドープされています。このp型クラッド層の上にp型の電流拡散層が設けられています。この層は厚み1μmのAl0.7Ga0.3As層でZnがクラッド層より多く3×1018cm-3ドープされています。
このZnが活性層へ拡散するのを防ぐための手段は、活性層とp型クラッド層の間にノンドープで組成はp型クラッド層と同じ組成の拡散防止層(第2クラッド層)を設けることです。この層の厚みは150nm(0.15μm)と薄いのですが、電流拡散層の成長後、Znはこの層に100nmほどは拡散するものの通り抜けることはないとされています。
この特許では拡散防止層の組成はとくに気にされていませんが、その後いろいろ検討されています。例えば組成の違うノンドープAlGaInP層を2層にすることを提案している例もあります(2)。組成は活性層に近い側のAl濃度を高くするとZnの拡散を防止するのに効果的とされています。界面が存在すると拡散が抑えられると考えられ、拡散防止層を多層にする意味はそこにあります。超格子層がよいという話もあります。
このような拡散防止層を設けるという手段はAlGaInP系以外にも使われています。GaN系では窓層を設けることはあまりありませんが、p型クラッド層からのZnやMgの拡散を防止するために拡散防止層が挿入される場合があります。
(1)例えば特開平08-321633号(2)特開2007-13614号