光デバイス/半導体レーザ

2.レーザ発光現象:誘導放出

 いよいよ半導体レーザについての話を進めていくことにします。レーザ発光の大元はこれまでにもお話ししているように誘導放出という現象です。LASERの3番目と4番目の文字、SとEはStimulated Emissionの略ですが、これの日本語訳が誘導放出です。英語ではInduced Emissionとも言われ、誘導放出はむしろこちらの直訳という気がします。Stimulatedは辞書で調べると、「刺激された」という意味ですが、Inducedの方はまさに「誘起された」とか「誘導された」という意味です。ニュアンス的には少し違うのでしょうが、どちらも「他の何かによって引き起こされた」という意味では共通です。

 なぜ英語の訳にこだわっているかというと、この誘導放出という現象は他の何かによって引き起こされた現象であるということを言いたかったからです。それでは他の何かとは何か、ですが、これは光です。もっと一般的に言えば電磁波です。誘導放出とは外から光が当たったときに起きる現象です。

 というとすぐに次の疑問が湧いてくると思います。レーザ発光装置は光を発生させる装置なのに、外から光を当てたのでは意味がないではないか。この疑問に対する答はまたまたLASERの中にあります。最初の2文字、LとAはLight Amplification、つまり光増幅です。レーザ発光装置では外から当てた光が増幅されて強くなって出てくるのです。レーザ発光装置はもともとある光の性質を変え、かつ増幅する装置なのです。光増幅器と呼ばれることもあるのはこのためです。

 もう一つの疑問は、半導体レーザは外から光を当てていないではないか、です。確かに半導体レーザは電流を流せばレーザ光が出てくるデバイスで外から光など当てていません。この疑問への回答は重要だと思いますので、しばらく後でもう少し話が進んだところですることにします。

 ところで固体がなぜ光るのかは発光ダイオード(LED)の原理として説明しました(発光ダイオード、4項を参照して下さい)。もう一度簡単に説明しますと、原子の回りを回っている電子に何らかの方法でエネルギーを与えると、原子に引きつけられていた電子は自由に動けるようになります。しかしこの電子はまた元の鞘(サヤ)に戻って落ち着こうとします。元に戻るときには先にもらったエネルギーを吐き出します。このエネルギーを吐き出すとき、光のかたちで出てくることがあります。これが固体が発光する原理です。一旦電子にエネルギーを与えた後、放っておいても発光する現象を自然放出と呼んでいます(英語ではSpontaneous Emissinと言います)。誘導放出はこれとは違う現象です。

 原子の回りを回っている電子にエネルギーを与える方法にはいろいろあります。例えば、加熱して熱のエネルギーを与えることもできます。光を当てて光のエネルギーを与えることもできます。しかし自然放出で光が出てきているときには、エネルギーを与えるための光を当てている必要はありません。ここが誘導放出と違うところです。

 図で説明しましょう。図2-1(a)は自然放出の場合を示しています。原子のそば(例えば固体の中)にいる電子は決まったエネルギーをもった状態になりやすいという性質があります。2つのエネルギーとは限りませんが、図では簡単のために電子はE1とE2という二つのエネルギーのどちらかになりやすいとします。E1の方が低いエネルギーで、原子に縛られた状態の電子を表し、E2はエネルギーをもらって原子の縛りから自由になった電子を示しています。E2のエネルギーをもった電子がたくさんいた場合、この電子はE1のエネルギーの状態に戻りやすく、このときE2とE1の差のエネルギーを光にして出します。

 図2-1(b)はE2のエネルギーをもった電子があまりいなくて、E1のエネルギーの電子がほとんどの場合を示しています。このときE2とE1の差に等しいエネルギーの光を当てると、電子はそのエネルギーをもらって自由になり、E2のエネルギーを持ちます。当てた光はエネルギーをすべて電子に取られてしまい、消えてなくなります。光はエネルギーを吸い取られてしまうので、この現象を光の吸収と呼びます。例えば炭は真っ黒に見えますが、これは当たった日の光がほとんどすべて吸収されてしまうためです。

 それではガラスはどうかというと、当てた光はほとんど吸収されずに透過してしまいます。つまり透明に見えます。ガラスの場合はE2とE1の差が大きくて、私達が見ることのできる光ではエネルギーが足りず、電子のエネルギーをE2のエネルギーまで持ち上げることができません。中途半端なエネルギーを与えてもそれなりに吸収されるということにはなりません。まったく吸収は起きないで、光は通り抜けてしまうのです。E2とE1の差は物質によっていろいろです。

 図2-1(c)(a)と同じようにE2のエネルギーをもった電子がたくさんいる場合を示しています。例えば光を十分に吸収させた後はこのような状態になります。このときE2とE1の差に等しいエネルギーの光を当てると、ちょっと妙なことが起こります。電子はエネルギーをもらってさらに高いエネルギーを持つようになるかというと、そうなりません。E1のエネルギーの電子はもうほとんど出払っていて居ませんから、光はエネルギーを与える相手がなく、通過します。しかし通過するだけでなく、E2のエネルギーをもった電子を刺激してE1のエネルギーに戻すはたらきをします。このときE2とE1の差にあたるエネルギーをもった光が出ます。つまり当てた光と同じエネルギーをもった光が出てきます。これが誘導放出と呼ばれる現象です。

 当てた光はエネルギーを失うことがなく、しかも中に貯まっていたエネルギーが放出されるので、出てくる光の強さは当てた光より強くなります。つまり光は増幅されたことになります。

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