電子デバイス/バイポーラトランジスタ

9.高周波用プレーナトランジスタ

 トランジスタをできるだけ高速で動作するようにして、高周波信号の増幅ができるようにしたいという要求はほとんど開発当初からありました。

 トランジスタを増幅用として使う場合、入力信号は交流、つまり正負に交互に振動している信号です。この信号が音声のような場合、例えばオーディオアンプに使うような場合はせいぜい数10KHzの信号が増幅できればよいので、ほとんどのトランジスタで問題は起きません。

 ところがその1000倍以上も速い数10MHz以上の信号の増幅が必要な場合があります。無線電波として飛んでくる信号は大体このような高い周波数をもっています。例えば携帯電話の電波などは数100MHz以上、数GHzにも及びます。どうしても遠くからやってくる電波信号は非常に弱いので、まずはそのまま増幅してやる必要があり、それができるトランジスタが必要になります。

 トランジスタは入力信号の周波数が低いうちはその信号を増幅できますが、周波数が高くなってくるとあるところで増幅ができなくなってしまいます。それはどういう原因によるのでしょうか。

 トランジスタの動作原理の大もとに戻って考えると、エミッタから流れ込んだ電子がコレクタから流れ出てはじめて増幅作用が起こります。ところがエミッタ電極からエミッタ層に電子が流れ込むのにまず時間がかかり、これがベース層を横切るのにも時間がかかり、さらにコレクタ層のなかを走ってコレクタ電極に達するのにも時間がかかります。

 入力信号がゆっくり変化する場合は問題ないのですが、非常に速く変化すると、それに従ってベース電流が瞬時に流れはじめても、コレクタ側ではだらだらと電流が流れ最大電流に達するのに時間がかかってしまうことになります。入力信号が交流の場合には電流はプラス、マイナスが交互に入れ替わりますが、信号の変化が速いとプラスの電流がまだ流れ終わらないうちに電流がマイナスに変わってしまい、トランジスタは変化についていけなくなってしまいます。

 このように時間がかかる要因は電子が各層内を通過する速さが決まっているせいです。この速さを表す量として移動度というものがあります。この移動度は同じ電界がかかっているとき電子がどのくらいの速さで走れるかを示す量で、半導体の材料によって値が違います。SiよりもGaAsの方が移動度が数倍大きいので、高速動作が必要な場合、SiよりGaAsでトランジスタを作った方が有利です。

 またこの移動度は同じ材料中でも電子と正孔では違います。一般に電子の移動度の方が正孔の移動度より大きく、Siでは2倍程度、GaAsでは十倍以上も違うため、同じ材料で作ったトランジスタでも、npn型の方がpnp型より高速で動作します。

 npnトランジスタの場合、電子がエミッタから流れ込み、溢れるようにしてベース層に流れ込みます。ところがベース層にはコレクタ層に比べて大きな電界がかかっていません。このため電子がベース層を横切るのに時間がかかってしまいます。そこでベース層はできるだけ薄くした方が有利です。

 一方、コレクタ層には大きな電界がかかっていますので電子はそれによって高速で移動します。ただプレーナトランジスタのコレクタが基板の場合は、かなり厚みがあります。基板の厚みはベース層の数100倍、数1000倍にもなり、高電界がかかっている空乏層はそのごく一部分になります。このため電子が基板全体を横切る時間は長くなってしまいます。

 コレクタ領域を薄くする手段としては前項で触れたエピタキシャル層を使う方法があります。基板上に作った薄いエピタキシャル層をコレクタ層にします。この場合も基板はありますが、十分抵抗の低いものにして単なる電極としてはたらくようにしてやるか、逆に絶縁体にしてしまえば、コレクタ層中の電子の移動時間に基板は関係がなくなります。

 バイポーラトランジスタは2つのpn接合をなかにもっています。pn接合は接合部分に電界がかかっているので、電子、正孔がいない空乏層ができています。この部分はコンデンサと同じはたらきをします。コンデンサに電圧をかけると充電が起きますが、電圧をかける回路に抵抗があると、充電が完了するまでに時間がかかります。

 この充電時間はコンデンサの容量が大きいほど、また回路の抵抗が大きいほど長くなりますので、両方を小さくしてやる必要があります。問題になるのは主として入力側のベース-エミッタ接合の容量ですので、エミッタの電極面積を小さくし、またエミッタ層の抵抗を小さくすることが必要です。

 実際のプレーナトランジスタの電極はどのような形をしているのでしょうか。いろいろあるでしょうが、大体図9-1(a)のような配置になっていると考えてよいでしょう。拡散でベース、エミッタを作る場合、前項で説明した通り、ベース領域のなかに島のようにエミッタ領域ができますので、このような電極の形になります(図9-1(b)はエピタキシャルプレーナ型の断面図です)。このときエミッタ電極の幅を細くして面積を小さくして容量を小さくすることが高速化のためには必要です。

 以上いろいろなことを説明しましたが、高周波用プレーナトランジスタを作るために必要な事項を整理すると次のようになります。

・npnトランジスタを使う(ただし回路の都合で、pnp型を使わざるを得ない場合もあります)。

・GaAsなど電子移動度の大きい材料を使う(ただしSiトランジスタの製造技術がもっとも進んでいるので、総合的な判断が必要です)。

・ベース層を薄くする。 ・コレクタ層としてエピタキシャル層を使う。 ・エミッタ電極を小さくする。