光デバイス/受光素子

16.フォトコンダクタ

 受光素子のなかにはさらにフォトコンダクタ(photoconductor)というものもあります。フォトダイオード、フォトトランジスタとの大きな違いは接合を持たないという点です。

 デバイスとしてのフォトコンダクタの構造は図16-1に示すように単純で、光を当てると電子-正孔対が発生する物質に電流を流すための一対の電極を着けただけのもので、接合はありません。実際には図16-2のように光導電体層の光が当たる表面に2つとも電極を設けた構造が多いようです(1)。電極はオーミック接触になるようにし、ショットキー接触のような障壁ができないようにします。

 電極に図16-1のように電源をつないで電圧をかけておき、光を当てると電子-正孔対が発生するため光電流が流れ、電流が増えるので、それを検知すれば光を検知できます。大変簡単な構造なので、実験室などで手軽に作れ、またpn接合を作るのが容易でなかった時代には光検知器としてよく使われました。

 フォトコンダクタにおいては発生した電子と正孔がそれぞれ電極に向かって移動し、それだけによって電流が流れているように一見考えられますが、もう少し複雑なことが起こります。実際の半導体では電子と正孔の動きやすさは同じでないのが普通です。同じ電界がかかっていても電子の方が正孔より速く走るという場合があります。

 このような場合、フォトコンダクタ中で発生した電子と正孔は、電子が先に電極に到達して消滅してしまいますから、フォトコンダクタ中には正孔が多く残っていることになります。するとこの正電荷に向かって電子が電極から入ってくるという現象が起きます。これはフォトトランジスタのところで説明した現象と似ています。こうなると光で発生した電子より多く電子が流れることになり、電流の増倍が起こることになります。

 このようなフォトコンダクタ型の受光素子は、現在ではフォトダイオードに比べるとそれほど多く使われていません。その理由は暗電流や雑音の点で、フォトコンダクタはフォトダイオードに劣ることが挙げられます。

 可視光や近赤外光を検知するための光導電体にはSiやInGaAsなどエネルギーバンドギャップが1eV程度以下の半導体が使われます。これらの半導体はノンドープの材料でも室温ではかなり電流が流れてしまいますので、暗電流が大きいことになります。原理的には暗電流が一定であれば、光が当たったときの電流の増加が検知できればいいわけです。しかし暗電流は周囲温度の変動などの影響を受けて変化するので、光による変化と見分けがつかなくなってしまうという問題があります。この点、pn接合に逆バイアスをかけて使うフォトダイオードは暗電流が少ないので有利です。

 しかし現在でもフォトコンダクタが活躍している場があります。それは赤外光の検知です。赤外光といっても光通信で使われている波長2μm以下の近赤外領域ではなく、例えば波長が10μmというような長波長の光の検知用です。このような赤外光は例えばレーザによる加工などに使われていますが、目に見えないだけに検知器は重要です。

 このような長波長の検知ができる半導体のエネルギーバンドギャップは0.1eV程度の小さい値になります。使われるのはⅡ-Ⅵ族のHgCdTeやⅢ-Ⅴ族のInSbなどですが、これらはやや特殊な材料で良質の結晶を作るのが難かしく、pn接合が作り難いため、これがフォトコンダクタが使われる理由になっています。

 またこのようなエネルギーバンドギャップの小さい特殊な半導体を使わない工夫もあります。半導体をn型やp型にするために不純物を導入しますが、これはこれらの不純物が非常に小さいエネルギーで電子や正孔を伝導帯や価電子帯に放出できることを利用しています。ということはこのような不純物に波長の長い光が当たれば電子や正孔の励起が起こり、母体がシリコンなどであっても波長の長い光の検知ができる素子が作れるということです。ただし不純物の種類を変えてもエネルギーを望み通りに選べるとは限らないので制約はあります。

 さらに進んで不純物に頼らない方法も考えられています。それが量子井戸を利用する方法です。ATT社による1988年の提案(2)あたりが最初と思われます。

 図16-3はGaAsとAlGaAsの薄い層を積層した多重量子井戸層に電圧をかけたときの伝導帯のエネルギーバンド図です(3)。井戸層はGaAs、障壁層はAlGaAsです。他でも説明していますが、量子井戸のように狭い範囲に電子を閉じ込めた場合、井戸内にはザブバンドと呼ばれる飛び飛びのバンドができます。図ではEという1つのサブバンドしか示されていませんが、実際には複数あります。電子はそのバンドのエネルギーしか持てません。

 Eと伝導帯のエネルギーEのエネルギー差は価電子帯(図示していません)と伝導帯のエネルギー差に比べれば、ずっと小さい値です。サブバンドのエネルギーは井戸層の厚みによって変わりますから、赤外光のエネルギーで励起できるように調節することができます。

 問題は一旦励起され流れ始めた電子が隣の井戸にまた落ち込んでしまい、あまり長距離を移動できない場合が多いことです。こうなると光電流が小さくなってしまうという問題が起きます。これを解決する手段として考えられているのが、図16-4のような量子ドットを使った素子です(4)。井戸が電極に平行な層状だと電子はそこを必ず通らなければなりませんが、量子ドットの井戸は点状の散在しているので、一旦励起された電子は再び井戸に捕まり難くなるわけです。同じ考え方は量子ドット太陽電池にも使われています(太陽電池、43項)。

 量子井戸や量子ドットはp層とn層で挟んでダイオードとすることもできますが、図の場合は両側にn型のコンタクト層を着け、それに電極を着けたフォトコンダクタの構造の素子としています。障壁層としてi型GaAs層を用い、InAs量子ドットは障壁層に埋めまれています。InAsはGaAsよりバンドギャップエネルギーが小さいので量子井戸となります。またInAsとGaAsは格子定数が大きく異なるので、GaAs層表面に少量のInとAsの原料を供給すると微結晶が成長し、これが量子ドットの製法として使用できることは以前から知られています。

 この項のタイトルは「フォトコンダクタ」としましたが、この英語にはフォトダイオードやフォトトランジスタと違って直訳の日本語があります。それは「光伝導体」または「光導電体」です。2通りがあってどちらが正しいとも言えませんが、「光伝導体」は主に物理学の分野で使われ、「光導電体」は電子工学などの工学分野で使われています。

 物理学では電気伝導のほかに熱伝導などエネルギーが伝わることを伝導と言いますが、光伝導は光が伝わるという意味ではないので、何かすっきりしません。一方、電流がよく流れる物質のことを導体と言いますが、工学の分野では導電体とも言います。光導電体はそこからきた言葉で、光が当たると導電体になる物質という意味です。

 ところでフォトコンダクタは物質や素材を表す語としてもデバイスの呼称としても使われます。一方、日本語の「光伝導体」や「光導電体」は物質を表す言葉で、デバイスについては「光伝導体素子」とか「光導電体素子」(「素子」を「デバイス」に置き換えてもよい)と言う方がよいと思います。

(1)特開平04-148570号

(2)特開平02-043777号

(3)特開平04-285373号

(4)特開2006-186183号

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