産業/特許

15.特許権の侵害<法律>

 特許制度の目的は発明の保護と言ってきましたが、どういう方法で保護を行っているでしょうか。これには特許権を持つ人に強い権限を与え、それを侵す人には罰則を設けるという方法によっています。

 特許権の侵害とはどういう行為かというと、特許されている物を製造したり販売したりする行為です。方法であれば使用することも侵害行為になります。特許権を持つ人はこのような行為に対し、それを直ちに止めるように求めたり(差し止め請求)、在庫製品があれば廃棄を求めたりできます(特許法100条)。最初は侵害を止めるように警告を行い、それでも応じない場合は裁判所に訴えることができます。裁判所は侵害を認定した場合には、上記の差し止めや廃棄を命じ、既に損害が発生している場合には損害の賠償(特許法102条)あるいは刑事罰(特許法196条)を言い渡します。

 侵害を疑われた側はもちろんその製品などが特許権の範囲にないことを証明できればいいですが、それが難しい場合の手段としては、特許権自体が無効であることを主張することができます。特許権が無効かどうかはまずは特許庁が無効審判によって判断し、その結果(審決)に不服があれば、審決の取り消しを裁判所に訴えることができます。

 侵害となる行為は法律に定められており、それ以外の行為は対象外です。よく誤解があるのですが、例えば研究開発の行為は何ら制限されません。これは特許法の目的からしても明らかで、権利者以外の研究開発行為をも禁止してしまうと、その技術の発展が阻害されてしまうからです。

 特許権侵害の訴訟の実例をみてみましょう。青色発光ダイオードを巡っては多くの侵害訴訟が争われました。やはり日亜化学という既存の半導体業界の外にいた会社が突然登場したことと、青色発光素子の市場の大きさがこのような事態を招いたと言えるでしょう。

 例として取り上げるのは平成8年の東京地方裁判所の判決(ワ)13754号です。日亜化学工業社が自己の特許権を、豊田合成社が侵害したとして製造の差し止めと損害賠償を求めた事件です。

 このような判例を見るには最高裁判所のホームページが便利です。地方裁判所、高等裁判所などの裁判例についても収録されています。上記のような判決の番号あるいは裁判所名と判決が行われた年月などがわかれば、件数はそれほど多くないので、目指すものを見つけることができると思います。すべての裁判の判決が蓄積されているわけではないようですが、この判決の判決文は収録されていました。

 原告の日亜化学社が侵害されたとする権利はつぎの特許です。

特許2748818号 「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」(1993年5月31日出願、1998年2月20日登録)

 この特許の請求項は3項で1,2項は製造方法の発明ですから、侵害の対象となったのはつぎに記す請求項3です。長い請求項ですが、判決文にある構成要素ごとの文節と同じA~Hの記号を付けて示します。

【請求項3】

A:基板上にn型窒化ガリウム系化合物半導体層及びp型窒化ガリウム系化合物半導体層とを有し、

B:p型窒化ガリウム系化合物半導体層の表面にp電極が形成され、

C:ほぼ矩形をなすp型窒化ガリウム系化合物半導体層の一部が除去されて露出されたn型窒化ガリウム系化合物半導体層表面にn電極が形成され、

D:p電極とn電極とが同一面側に形成されてなる窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において、

E:前記p電極は、前記p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成されたワイヤーボンディング用の台座電極と、その台座電極の下にp型窒化ガリウム系化合物半導体に接して形成された台座電極よりも大面積を有する電流拡散用、かつオーミック用の金属薄膜よりなる透光性電極とからなり、

F:前記n電極は、ほぼ矩形をなすn型窒化ガリウム系化合物半導体層において、前記台座電極と対角をなす位置で、p型窒化ガリウム系化合物半導体層がエッチング除去されたn型窒化ガリウム系化合物半導体層表面に形成された、ワイヤーボンディング用の電極からなり、

G:前記透光性電極が、対角の位置にある台座電極とn電極との間で、かつ発光観測面となるp型窒化ガリウム系化合物半導体層表面のほぼ全面にあり、 H:台座電極とn電極との通電により、透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される発光面を有する

ことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。

 この特許に載っている図面の一部を転載しておきます(図15-1)。(a)は素子の上面から見た平面図、(b)は素子を対角線で切ったときの断面図です。

 発明の効果は電極が発光面の対角線上の隅にあるため、電流が素子中を一様に流れ発光が均一になることとされています。

 原告は被告が1998年2月20日から2000年1月末日まで製造し販売した発光ダイオードチップを分析し、上記の請求項の各構成を備えているとし、これによって少なくとも1億円の利益を得たとしました。半導体の素子構造に関する特許の場合、侵害を証明するためには素子構造の分析を行わなければならない場合がほとんどでしょう。侵害をしていると予想される物品を入手し、分解して分析するわけですが、電極の形状などは顕微鏡を使っての目視でいいですが、半導体層の物質を調べなければならない場合は分析機器を用いて物理、化学分析を行う必要があり、結構な負担になることは避けられません。

 原告は被告の2つの製品(青色発光ダイオードと緑色発光ダイオード)を分析し、その報告書を証拠として提出しています。公開されている判決文には証拠書面は添付されていないので、図面による被告製品の構造は正確にはわからないのですが、被告が出願している特許の図面からある程度推測ができます。別々の特許の図面ですが、図15-2(a)平面図(1)(b)断面図(2)を示しておきます。

 裁判で争われた争点は5点ありますが、ここでは「被告製品が本件発明の技術的範囲に属し、その製造・販売等が本件特許権を侵害する行為に該当するかどうか。」という点のみ紹介します。具体的には被告の製品が上記文節のE~Hを充足するか、です(A~Dについては充足することに争いなし)。順にみていきます。

 E.被告製品の台座電極が「p型窒化ガリウム系化合物半導体層の一つの隅部の一部に形成された」ものといえるか。  被告は「被告製品の台座電極は、チップの大きさに対し相対的に大きな面積を占めており(基板を四等分した領域に収まる程度の大きさである。)、p型GaN層の対角線上、n電極から最も離れた、右層の隅部の一部に形成されているとはいえない。」と主張しました[注:図15-2(a)参照]。裁判所は「平面的にみて、台座電極とn電極とが矩形の対角線上の端の、最も離れた位置にあることを意味するものというべきである。」としてこの被告の主張を退けました。

 F.被告製品のn電極がn型窒化ガリウム系化合物半導体層において「台座電極と対角をなす位置にある」といえるか。  被告は「チップ(基板)及び透光性電極の大きさが台座電極やn電極に比べてはるかに大きい場合、すなわち、台座電極やn電極の大きさがチップ(基板)及び透光性電極の大きさに対し相対的に小さい場合を前提とするものである旨を主張」しました。裁判所はEと同様の理由でこれを退けています。

 G.被告製品の透光性電極が「台座電極とn電極との間‥‥にある」といえるか。  被告は、中心点が層の正方形の対角をなす位置にあるものの、チップの大きさに対し相対的に大きな面積を占めており(基板を四等分した領域に収まる程度の大きさである。)、また、両電極が近接して配置されているので、電極として有効に機能する部分が広がりを有している。したがって、被告製品は、n電極が「台座電極と対角をなす位置にある」とはいえないと主張しました。裁判所は台座電極が透光性電極上に形成され、透光性電極が必ず台座電極の下に存在するものであることなどを併せ考えれば、構成要件Gにいう透光性電極が「台座電極とn電極との間‥‥にある」という構成は、平面的にみて、透光性電極のかなりの面積を占める部分がn電極と台座電極との間にあることを意味するというべきである、としました。

 H.被告製品において、台座電極とn電極との通電により、「透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」といえるか。  被告は、被告製品においては、n電極及び台座電極が極めて近接して配置されており、本件発明に係る電極配置を備えていない、と主張しました。裁判所は被告製品は、構成要件EないしGを充足するから、台座電極とn電極との通電により、「透光性電極の下にあるp型窒化ガリウム系化合物半導体層に均一に電流を広げ、ほぼ均一な発光が観測される」ものと認められるとしました。    以上のように裁判所は被告製品が本件発明の技術的範囲に属すると結論しました。普通の見方をすると被告の主張には無理があり、裁判所の判断が妥当な気がしますがいかがでしょうか。

 その他の争点も含め、原告の主張がすべて認められる結果となり、 「一 被告は別紙物件目録四、五記載の発光ダイオードチップを製造し、使用し、販売し、販売のために展示してはならない。 二 被告は、その所有に係る別紙物件目録四、五記載の発光ダイオードチップを廃棄せよ。 三 被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成一二年三月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 」という厳しい判決となりました。

この訴訟に先立って豊田合成社は本件特許に対して無効審判を請求していますが、特許は維持されています(本件特許の経過情報参照)

(1)特開平10-173230号

(2)特開平09-036421号

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