産業/特許

7.特許の権利範囲とは<調査>

 前項までで発明の技術的内容、意義がわかりました。これが特許としてどのような権利になっているかというと、それは「特許請求の範囲」の表現をみればよいわけです。この特許の最終的に登録された請求項1はつぎのように書かれています。

 【請求項1】 気相成長法により、p型不純物がドープされた窒化ガリウム系化合物半導体を成長させた後、400℃以上の温度でアニーリングを行うことを特徴とするp型窒化ガリウム系化合物半導体の製造方法。

 典型的な請求項の書き方は、「・・・において、・・・を特徴とする・・・」という形です。「・・・において」の前は、発明が対象とする技術の範囲を示していて大体は従来技術を示していると言えます。この請求項1ではこのような書き方をとらず、ストレートな書き方になっています。

 もし典型的な書き方にするならば、  「気相成長法により、p型窒化ガリウム系化合物半導体を製造する方法において、p型不純物がドープされた窒化ガリウム系化合物半導体を成長させた後、400℃以上の温度でアニーリングを行うことを特徴とするp型窒化ガリウム系化合物半導体の製造方法。」といった感じになると思いますが、「p型窒化ガリウム系化合物半導体を製造する方法」の部分が二度繰り返されるようになり、あまり簡潔とはいえませんので、元の書き方でよいと思います。

 冒頭の「気相成長法」はかなり広い範囲の成長方法を含みます。MBE法は気相成長法かと言えば、普通は違うと思うのですが、【0003】には含むように書かれていますから、この特許では広くMBE法も含むと考える必要があります。請求項は簡潔にすべきですから長々と言葉の定義を入れるのはあまり好ましくありません。しかし明細書には定義、この語はこれこれの意味、これこれを含むなどと書いておく必要があります。それがないと常識的にはどうだという判断になりますから、特許の権利範囲に入るか否かの判定に影響を与えかねません。

 用語としてもう一つ「窒化ガリウム系化合物半導体」が気になります。この「窒化ガリウム系」は窒素とガリウムを含むと考えると、GaN、AlGaN、InGaNなどはもちろん問題なく含まれますが、AlN、InNなどGaを含まない化合物は含まれるでしょうか。「Ⅲ族窒化物系化合物半導体」とすれば確実ですが、他人がAlNやInNに限定した特許を出願しても特許にはならないでしょうから、まあいいのかもしれません。またGaAsやGaPなど窒化物系以外にはこの発明は必要とされないので、そこは問題ありません。

 もう一点、請求項1では「400℃以上の温度でアニーリングを行うこと」を特徴とすると書かれ、温度の数値を発明の特徴としています。このようなやり方を数値限定と言いますが、具体的な数値の範囲を発明の特徴とするからにはその数値範囲を指定する根拠が必要です。この特許ではその根拠は図1(図7-1として再掲)に示されています。図7-1はアニール温度とGaNの抵抗率の関係を示したもので実験データです。このデータによると抵抗率は400℃付近から低下し始め、700℃以上でほぼ一定の最低値になります。実施例のデータはアニール温度が700℃または800℃で抵抗率が最低値となる範囲です。しかし図では400℃付近から下がり始めていますから、抵抗率としては十分小さくなくてもGaNがp型になりはじめるのがこの400℃以上なのでこれが根拠になっているわけです。発明の特徴を数値限定で表す場合、あまり根拠が明確でない場合も少なくないのですが、この特許の数値限定はきちんとした根拠に基づいていると言えます。

 請求項2以降はいずれも末尾が「・・・を特徴とする請求項××に記載のp型窒化ガリウム系化合物半導体の製造方法。」となっています。このような形式の請求項は従属項と呼びます。これに対して請求項1のような場合を独立項と呼んでいます。

 請求項2は「請求項1に記載の」となっているので、「気相成長法により、p型不純物がドープされた窒化ガリウム系化合物半導体を成長させた後、400℃以上の温度でアニーリングを行うに際し、前記アニーリングは、そのアニーリング温度における窒化ガリウム系化合物半導体の分解圧以上に加圧した窒素雰囲気中で行うことを特徴とするp型窒化ガリウム系化合物半導体の製造方法。」と書いて独立項を2つ並べてもよいのですが、 請求項1と重複する部分が多く、長くなって分かりづらくなります。そこで請求項1の要件は重複して書かないようにしたのが従属項の請求項2です。根拠は実施例3です。

 請求項3は「請求項1または2に記載の」となっているので、400℃アニール+キャップ層または400℃アニール+窒素加圧+キャップ層のいずれも含まれることになります。根拠は実施例2または3です。

 請求項4は「請求項3に記載の」ですから実質的に請求項1~3の要件をすべて含んだうえで、キャップ層の材料を規定していることになります。根拠は実施例2と3ですが、Siは実施例にはなく、【0013】に記載があるだけです。このように材料を列挙した請求項はよく見かけます。すべてを実験したかどうか疑問を感じる場合もあります。これは特許に記載されていない材料を使用して特許権の範囲から逃げられるのを防ぐためと思われますが、すべての材料を並べることは不可能ですし、このようなことをしてもあまり意味がないように思います。

 特許権を取得しようとする人にとっては、その権利ができるだけ広い範囲に及んだ方がよいわけです。請求項を書く際にはそのような配慮が必要です。上記のように「GaN」とするより、「窒化ガリウム系化合物半導体」、さらには「Ⅲ族窒化物系化合物半導体」とした方が適用できる範囲が広くなります。しかし「化合物半導体」にまで広げてしまうとGaAsには適用できない発明なので記載されている内容が不適当になってしまいます。また化合物半導体一般について400℃以上のアニールをしている例がもし見つかると、請求項1の発明はすでに知られていることになってしまいます。発明が適用できる範囲を的確に表すように書かなければいけません。

 また、請求項の内容は必ず明細書に書かれていなければいけません。一言でも書かれていればまあよしとされるようですが、本当は実施例に書かれているような内容を請求項にするべきです。そうでないと「××を特徴とする○○」などとは言えないと思われます。  つぎにはこの特許の審査の過程を見てみることにします。 

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