科学・基礎/結晶光学

15.結晶光学素子(その2 遅相板、補償板など)

 前項で取り上げた偏光子以外にも結晶、とくに一軸結晶を利用した光学素子があります。それらをこの項で取り上げます。なお、これらの名称、呼称がどうもあまり統一されていないようで、誤解のないように注意が必要です。

遅相板

 遅相子とか移相子とか呼ぶ場合もあります。光の位相を変化させる(遅らせる)素子です。遅らせる位相を \(\Delta\phi\) とするとジョーンズ行列は

\[\pmatrix{1 & 0 \cr 0 & \mathrm{e}^{-i\Delta\phi}}\]

と表されます。なお、\(\Delta\phi\) には \(2\pi\) が整数回加わっても同じですが、上式では省略しています。

 原理は既に13項の図13-4に示しています。図15-1に示すように、一軸性結晶の一面上に光軸が来るように直方体に切断します。この結晶表面(光軸)に垂直方向に光を入射します。すると図13-4に示したように、異常光は正常光に対して波面速度が小さいので遅れを生じます。この位相遅れ(遅相量、リターダンス(retardance)とも言う) \(\Delta\phi\) は正常光に対する屈折率を \(n_o \)、異常光に対する屈折率を \(n_e\) とすると、

\[\Delta\phi = k\frac{2\pi}{\lambda_o} d\left (|n_o -n_e |\right )\tag{1}\]

と表されます。ただし \(k\) は波数、\(\lambda_0\) は真空中での光の波長です。なお、正負の結晶で位相遅れ \(\Delta\phi\) の符号が変わるのはあまり意味がないため、\(n_o -n_e \) は絶対値をとっています。

 この関係を用いて結晶の厚さ \(d\) を調節することにより位相遅れ \(\Delta\phi\) の大きさを決めることができます。このように一定の位相遅れを生じる素子が遅相板あるいは遅相子(retarder) で、典型的にはつぎのような種類があります。

(1)全波長板 ちょうど1波長の遅れ( \(\Delta\phi\ =2\pi \) ) を生じさせる素子です。1波長遅れると元の波と一致するので、本来的にはこの素子は意味がありません。実際には微小な位相遅れを生じさせ、位相ずれを補償するのに使われます。

 結晶をわずかに傾けると、入射光の方向はほぼ変わらず、\(d\) の値が少し変化した状態が作れます。位相がぴったり所望の値(状態)に合っている必要がある光学系で、何か理由がわからないけれども位相が所望の値から僅かにずれてしまったような場合に、光学系全体を調整し直すことなく、全波長板を挿入してその傾きを僅かに調整することにより、微小な位相変化を補正することができます。

(2)1/2波長板 1/2波長の遅れ( \(\Delta\phi =\pi\) )を生じさせる素子です。入射光が光軸に対して角 \(\theta\) 傾いた直線偏光である場合、1/2波長板を通過すると偏光は図15-2に示すように \(2\theta\) 回転することになります。

(3)1/4波長板 1/4波長の遅れ( \(\Delta\phi =\pi/2\)) を生じさせる素子です。図15-3に示すように光軸から45°傾いた直線偏光を入力すると円偏光が得られます。-45°の傾きの場合は逆周りの円偏光となります。また円偏光を入射すると直線偏光が得られます。また入射する直線偏光の傾きが±45°以外の場合は、楕円偏光が得られ、その主軸は光学軸の方向に一致します。

 以上の遅相板は一軸性結晶を用いて作製されることが多いですが、具体的に考えてみます。上式から一定の遅相量を実現する結晶の厚さ \(d\) は屈折率差 \(|n_o -n_e |\) に反比例します。結晶はあまり薄く加工するのは難しいので、屈折率差 \(|n_o -n_e |\) は小さい方が有利となります。偏光子にはよく用いられている方解石は、屈折率差が比較的大きく、劈開性が強いので、精度よく薄く加工するのが難しい結晶です。これに比べると水晶は屈折率差が小さく、劈開性もあまり強くないので、遅相板にはよく用いられます。上式より1/4波長板の厚み \(d_{1/4}\) は

\[d_{1/4}=\frac{\lambda_0}{4}\left (|n_o -n_e |\right )\tag{2}\]

で与えられますから、水晶では12項の末尾に示したようにナトリウムD線の波長( \(\lambda_0 =589.3\) nm)で \(n_o =1.544\)、\(n_e =1.553\)であるので、これを上式にいれると、\(d_{1/4}\) はおよそ15\(\mu m\) となり、水晶でもかなり薄い結晶が必要なことがわかります。ただし遅相の効果は厚みに1波長の整数倍分を加えても変わらないので、通常、そのようにして厚みを増やしているようです。ただあまり厚くすると、波長分散が大きくなるなど性能は低下するので、ほどほどの厚さに留める必要があります。

補償板

 上記の遅相板は位相を一定値だけ遅らせる素子でしたが、位相遅れが可変な素子があると便利です。この補償板は遅相量を変えることができる素子です。上の全波長板のところで触れましたが、結晶を入射光に対して傾けることによって微小であれば遅相量を変えることができます。これは位相の補正あるいは補償するためで、ここでいう補償板も同様の意味の命名ですが、要は遅相量が可変な素子です。つぎに2種類の補償板を挙げます。

(1)バビネ補償板(Babinet compensator)(1) 遅相量を可変にするため、図15-4に示すように等しい頂角の楔形に加工した2つの結晶を重ねます。ただし2つの結晶の光学軸は互いに直交するようにします。この結晶に直交するように直線偏光を入射するとします。

 光の入射点における2つの結晶の厚みをそれぞれ \(d_1\)、\(d_2\) とすると、それぞれの結晶での正常光と異常光の位相差は \(2\pi d_1 |n_o -n_e |/\lambda_0\)、\(-2\pi d_2 |n_o -n_e |/\lambda_0\) ですから、2つの結晶を通過したときの位相差 \(\Delta\phi\) は

\[\Delta\phi =\frac{2\pi}{\lambda_0 }\left (d_1 -d_2 \right )\left (|n_o -n_e|\right )\tag{3}\]

となります。したがって2つの結晶を傾斜面を摺り合わせるように互いに移動させ、\((d_1 -d_2 )\) の値を変えれば、位相遅れ \(\Delta\phi\) を変えることができます。実際の補償板ではマイクロメータを組み込み、結晶の微動を可能にしています。

(2)バビネ-ソレイユ補償板(Babinet-Soleil compensator)(2) 単にソレイユ補償板と呼ぶこともあります。バビネ補償板ではある位相遅れ \(\Delta\phi\) が生じる入射光の位置は非常に狭いことになり、これが欠点となります。バビネ-ソレイユ補償板はこの欠点を改良するものです。その構造は図15-5に示すように、一対のくさび形結晶に平板結晶を重ねたものになります。

 ただし2つのくさび形結晶の結晶軸の方向は等しくし、平板結晶の結晶軸をこれと直交するようにします。2つのくさび形結晶を互いに移動させると上記バビネ補償板の \(d_1\) に相当する厚みを変えることができますが、この厚みは2つのくさび形結晶が重なっている部分の全面にわたって一定です。これに \(d_2\) に相当する厚さ一定の結晶と組み合わすことによって、バビネ補償板に比べてずっと広い表面範囲にわたって \(d_1 +d_2\) を一定にでき、したがって光の入射点が広範囲に許容されます。

ロム(Rhom)

 複屈折現象を用いないで位相を遅らせる素子もあります。原理としては全反射によってp偏光とs偏光の位相変化が異なることを利用します。したがって異方性結晶は不要でガラスなどの等方性で透明な物質を特殊な形状に加工して作られます。その形状から斜方体とか稜面体、英語ではロム(rhom)と呼ばれます。

 結晶を用いないので、「結晶光学」の話題ではありませんが、6項で扱った偏光の反射現象の応用ですので少し詳しく紹介をしておきます。全反射で偏光の位相がどれくらい変化するかについては6項の最後の部分で説明しています。その結論の式が6項(13)、(14)式です。

 このp偏光とs偏光の位相変化の違いを利用すれば、空気中に置いた屈折率 \(n\) の物体中を通過する光を複数回、全反射させて必要な位相差を得ることができ、1/4波長板や1/2波長板と同様の機能をもつ素子ができます。これを実現するために考案された立体がロム(斜方体または菱面体)で、代表的なフレネルロム(Fresnel romb)(3)と呼ばれるものの断面と入射光の光路を図15-6(a)に示します。

 図のようにフレネルロムは、その側面に垂直に入射した光が反対側の斜面に入射するときの入射角\(\theta_1 \) が立体の頂角に一致するような形状になっています。もちろん \(\theta_1\) は臨界角より大きくなければなりません。

 この \(\theta_1\) と \(\phi_p -\phi_s \) の関係は立体の屈折率 \(n\) がわかっていれば、6項(13)、(14)式で \(n_1 =n\)、\(n_2 =1\) とおいて次式から計算できます。

\[\phi_p -\phi_s =2\left (\tan^{-1}\frac{n\sqrt{n^2 \sin^2 \theta_1 -1}}{\cos\theta_1}-\tan^{-1}\frac{\sqrt{n^2\sin^2\theta_1 -1}}{n\cos\theta_1}\right)\tag{4}\]

 図15-7に \(\phi_p \)、\(\phi_s \) 及び \(\phi_p -\phi_s \) と \(\theta_1 \) の関係の計算結果を示します。ただし屈折率 \(n\) はガラスなどを想定して、1.45 、1.50、1.55の3つの値を用いました。

 図からわかるように \(\phi_p -\phi_s \) は入射角 \(\theta_1\) に対して最大値を持ちます(これは上記の(4)式を \(\theta_1 \) で微分することによって証明できますが、ここでは省略します)。ここで重要な点はこの最大値は屈折率に依存することです。例えば1/4波長板を2回の反射で実現するには、1回当たり\(\pi/4\) ラジアン=45°の位相差を得る必要があります。図の結果からは \(n=1.45\) では最大値が45°に達しないので使えず、\(n=1.50\) 以上の屈折率をもつ材料を用いる必要があることがわかります。図中に \(n=1.50\) の曲線が位相差45°の線と交叉する部分(2ヶ所)の拡大図を示します。図から \(\theta_1\) を50.23°または53.26°に設定すればよいことがわかります。もっともガラスの加工精度を0.01°まで出すのは難しいかと思います。

 さらに1/2波長板を得ようとすると上記のようにガラスなど通常の材料では2回の反射では無理なことがわかります。この場合は、すぐにわかるように4回の全反射を用いれば可能です。すなわち図15-6(b)のように1/4波長板相当の素子を連接すればよいことになります。

 さて、最後に5項で説明したストークスパラメータの測定方法に触れておきます。この測定には上で説明した直線偏光子と1/4波長板が必要です。もちろん光強度を測定する光検出器は必ず必要です。

 \(S_0\) は光強度の測定なので、光検出器だけで測定できます。

 \(S_1\) はx方向の偏光の強度測定なので、光検出器の前に直線偏光子を置き、これを90°回転し、その前後での測定値の差を求めます。

 \(S_2\) はx方向に対して45°傾いた偏光の強度測定なので、直線偏光子を45°と135°に置いたときの測定値の差を求めます。

 \(S_3\) は右回り円偏光と左回り円偏光の強度差の測定なので、直線偏光子の後に1/4波長板を置いて測定します。上記のようにこの配置で円偏光になりますから、その強度を測定します。そのとき直線偏光子を45°と135°に置いて測定し、その差をとります。

(1)https://en.wikipedia.org/wiki/Jacques_Babinet

(2)https://fr.wikipedia.org/wiki/Compensateur_de_Soleil-Babinet#Compensateur_de_Soleil

(3)https://en.wikipedia.org/wiki/Fresnel_rhomb