科学・基礎/結晶光学

13.ホイヘンスの原理による解析

 ここまで異方性のある結晶中での光の伝搬についてマクスウェル方程式から出発してフレネルの方程式を導き、それをベースに考察してきました。このような数式を用いた解析に基づいて幾何学的な作図による方法も示しました。そのベースとなるのがホイヘンスの原理です。

 光に限らず波の伝搬は波面の進行とみることができます。波面の進行がどのように起こるかについてはホイヘンスの原理という基本的な考え方があります。ホイヘンス(C.Huygens、英語読み?でハイゲンスと記されていることもあります)は17世紀のオランダの天文学者、物理学者です。17世紀といえばニュートンが活動した時期と同時期で、ホイヘンスはこの原理によって光は波動であるとし、光の粒子説を唱えたニュートンと論争したと伝えられています。いずれにしても自然科学の黎明期に当たる非常に早い時期に考えられた原理です。

 ホイヘンスは波の進行を波面の移動と考えました。代表的な波面の形状は平面波の平面、球面波の球面などがありますが、2次元でみれば、直線であったり円であったりします。ある時点の波面がつぎの瞬間どのように決まるかを示すのがホイヘンスの原理です。図13-1のようにある時点(\(t=0\))で任意の形状の波面(図は平面波の平面)を想定し、これがつぎの瞬間にどう移動するかを考えます。その際、図のように波面上の各点を波源(光源)にして、そこから波が発生するとします。この波を素元波と呼ぶこともあります。等方性媒質中なら素元波は球面波と考えられ、多数の光源から発した素元波の包絡線がつぎの瞬間(\(t\))の波面となると考えます。これがホイヘンスの原理で、波動が起こす種々の現象を説明できます。

 空気中から屈折率の異なる物質に光が入射する場合に光がどのように進行するか、すなわち屈折現象についてもこのホイヘンスの原理を用いて考えることができます。そしてこれは物質の屈折率に異方性がある場合にも拡張ができると考えられます。ここでは一軸性結晶を対象として考えてみます。

 9項で定義したように波面の移動速度は位相速度 \(v_p\) ですが、一軸性結晶を対象に考えると、前項図12-1(a)または(c)がx-z面内での位相速度の特性を示しています。

 以下では各図に示すように、光が上方の空気中から下方の一軸性結晶に入射する場合を考えます。光の入射面は図の表示面内にあるとします。

 はじめに図13-2に示すように、結晶の光学軸(z軸)が入射面である結晶表面に垂直で、入射光はこの光学軸と平行に入射する平面波の場合を考えます。x軸が結晶表面にある場合、前項図12-1(c)にならって正の一軸性結晶における位相速度面を描くと図13-2のようになります。一軸性結晶では光学軸上では2つの波は同じ位相速度で進むので,常光線と異常光線の光線速度面は光軸方向で一致します。

 この位相速度面は言い換えれば点Oから発した波の波面に相当します。つまり結晶表面から発した素元波の波面です。結晶中を進行する波面を決めるためには結晶表面の複数の波源から発する素元波が必要ですが、図では2つの波源O、O'だけを描いています。ここでは隣り合う正常波の波面がz軸上で一致するようにOとO'を選んでありますが、これは一例で、OO'の距離は図13-1のように任意に選んで構いません。

 この図より、結晶中を進行する素元波の包絡線は結晶表面と平行になりますから、結晶中の波面も結晶表面に平行になります。これは常光線と異常光線の光線速度面が光軸上で一致していることから両光線の結晶中の波面も一致することになります。

 つぎに同じ光学軸の方向に対して、入射光が結晶表面に対して傾斜して入射する場合を考えます。これは2項で屈折現象の説明に使った図2-1と同様な配置で考えることができます。図13-3に示すように結晶表面に垂直なz軸と入射光のなす角を \(\theta_i\) とします。2項では敢えて触れていませんが、ホイヘンスの原理を適用すれば、点Oに到達した光は入射する結晶が等方性なら入射光の方向によらず円形の素元波を発すると考えることができます。 

 光束の一端O点が結晶表面に到達してから他端O’点が結晶表面のP’点に到達するまでの時間を \(t\) とすればO’P’の距離は \(c\) を光速として \(ct\) となり、距離OP’は \(ct/\cos\theta_i\) と表せます。ただし光束の幅OO’には何の制限もありませんから \(ct=1\) となるように選んでも構いません。すると距離OP’は \(1/\cos\theta_i\) となります。光束の他端が結晶の表面P’に到達したとき、点P’から円Oに引いた接線PP’が媒質中での波面となります。

 一方、異常光線については円形の素元波を楕円形に置き換えることで取り扱うことができます。ホイヘンスの原理自体がここまで含むとは想定されていないかも知れませんが、拡張として考えても差し支えないと思われます。

 光軸(z軸)が界面に垂直な場合は、結晶中には楕円を短軸で切った半分が描かれ、一軸性結晶では光軸上で円と楕円が接することになります。異常光の波面は同様にP’を通り楕円に引いた接線P'Qで表されます。

 点PとQは一致しないので、結晶中に入射した光は2つに分かれて進行することになります。Pを通る光が正常光、Qを通る光が異常光です。各屈折角の数式表現については前項に示す通りです。

 つぎに結晶表面にz軸がある場合を考えます。この場合はz軸が結晶表面にくるので2つの位相速度は結晶表面上で一致することになります。

 結晶表面に垂直に光が入射する場合は屈折は起こりませんが、結晶内では2つの異なる位相速度で光が進行し、図13-4に示すように同一時刻において波面の位置に違いが生じます。

 また入射光が結晶表面に対して傾斜して入射する場合は、図13-5に示すように、図13-3と同様な作図を行えば、2つの異なる角度で屈折が生じることがわかります。

 最後にもっとも一般的な場合として結晶表面に対して光学軸が傾斜している場合を考えます。この場合は、図13-6(垂直入射)、図13-7(斜め入射)にそれぞれ示すように、傾斜した光学軸を楕円の長軸の方向と平行になるように、楕円を傾斜した状態で異方性媒体中に描けばよいことになります。異常光の波面は上の場合と同様に楕円に接線を引くことで求められますから、簡便と言えます。