科学・基礎/結晶光学

8.屈折率の異方性

 ここまで光と物質の相互作用について基本的なところをみてきました。光は電磁波であり、物質は正負の電荷をもつ原子で構成されているので、光と物質の相互作用とは電気的な相互作用、すなわち電界が原子に作用して何が起こるかという問題に帰されるということがわかりました。

 結晶の特徴は原子が規則的に配列していることです。このため光が入射する方向によって性質が異なる場合があるのが大きな特徴です。これを異方性と言いますが、これまで議論してきた屈折率にも異方性が現れます。ここではその特徴について調べていきます。

 屈折率に異方性が現れる理由を簡単なモデルで確認します。図8-1のようにxyz座標系を考え、中心Oにある原子と周囲のx方向、z方向のそれぞれ2個の原子のみを考え、これらの原子の配列間隔がx方向では \(a\)、z方向では \(b\) であり、\(a\gt b\) の大小関係があるとします。中心Oの原子(緑色)には外部からの電磁波による電界と、周囲4個の原子が分極することによって発生した双極子による電界が作用するとします。

 電気双極子モーメント \(p\) が距離 \(r\) の点に及ぼす電界 \(\boldsymbol{E}(\boldsymbol{r})\) は前項で求めました。再掲すると、つぎのように表されます。

\[\boldsymbol{E}(\boldsymbol{r})=\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\left (-\frac{\boldsymbol{p}}{r^3}+\frac{3(\boldsymbol{p}\cdot\boldsymbol{r})\boldsymbol{r}}{r^5}\right )\]

 前項での検討結果によれば、図8-1(a)のように電界がz軸方向に印加され、それにより生成された双極子ベクトルの方向、距離 \(b\) にある点Oでの電界の大きさは\(2p/4\pi\varepsilon_0 b^3\) となりますが、電界と垂直なx軸方向、距離 \(a\) にある双極子による電界の大きさは \(-p/4\pi\varepsilon_0 a^3\)となります。結果として点Oに周囲4つの原子(双極子)によって発生する内部電界の大きさは個々が発生する電界の重ね合わせになり、この場合の内部電界を \(E_z\) とすると

\[\boldsymbol{E}_z=\frac{p}{4\pi\epsilon_0}\left (\frac{4}{b^3}-\frac{2}{a^3}\right )\]

となります。一方、同図(b)のように外部電界がx方向の場合の \(E_x\) は

\[\boldsymbol{E}_x=\frac{p}{4\pi\epsilon_0}\left (\frac{4}{a^3}-\frac{2}{b^3}\right )\]

となります。\(a\gt b\) ですから、\(E_z \gt E_x \) であることがわかります。したがって点Oにある原子に生じる双極子モーメントはz方向に外部電界を印加した場合の方が大きくなり、分極も大きくなります。その結果、誘電率もz方向に電界を印加した場合の方が大きいことになります。誘電率 \(\varepsilon\) と屈折率 \(n\) は

\[n^2 =\varepsilon/\varepsilon_0\]

の関係で結ばれているので、結晶が非対称であると屈折率に異方性が生じることがわかります。

 さらに図8-2のように原子の配列が直交方向から傾いている場合を考えてみます。この場合は前項で示したように、双極子との角度 \(\theta\) が 0 と \(\pi/2\) の中間である場合は、外部電界をz方向にかけた場合に、距離 \(b\) 離れた点Oにある原子に生ずる内部電界 \(\boldsymbol{E}(b,\theta)\) は、

\[\boldsymbol{E}(b,\theta )=\frac{p}{4\pi\varepsilon_0 b^3}\left ( 3\cos\theta\boldsymbol{e}_r -\boldsymbol{e}_p \right )\]

と表されます。ここで単位ベクトル \(\boldsymbol{e}_r\) はz軸に対して \(\theta\) の角度で傾いているので、z方向だけでなくx方向成分も含んでいます。このため内部電界 \(\boldsymbol{E}(b,\theta)\) はx方向成分をもち、これにより生じる分極にもx方向成分が含まれることになります。

 これも前項で示しましたが、電束密度 \(\boldsymbol{D}\) を

\[\boldsymbol{D}=\varepsilon_0 \boldsymbol{E}+\boldsymbol{P}\]

と定義し、右辺を

\[\boldsymbol{D}=\varepsilon\boldsymbol{E}\]

と書いて、誘電体の誘電率 \(\varepsilon\) を導入しました。つまりz方向に外部電界 \(E=E_z\) が印加された場合、電束密度 \(D\) はz成分だけでなく、x成分をもちます。この場合の比例定数を\(\varepsilon_{xz}\) とすると、

\[D_x =\varepsilon_{xz}E_z\]

と書けます。図8-2は2次元で示しましたが、結晶は図8-3のように3次元で、z、x方向に加えてy方向成分も含みます。このため誘電率はz、x方向に加えてy方向の成分を持ち得ます。したがってxyz各方向の電束密度は上式に加えて

\[D_y =\varepsilon_{yz}E_z\]

\[D_z =\varepsilon_{zz}E_z\]

と書き表されることになります。一般にはこれに加えてx方向、y方向の外部電界も考える必要があります。すなわち次式のように行列の形で表される9つの誘電率を考える必要があることになります。

\[\pmatrix{D_x \cr D_y \cr D_z}=\pmatrix{\varepsilon_{xx} & \varepsilon_{xy} & \varepsilon_{xz} \cr \varepsilon_{yx} & \varepsilon_{yy} & \varepsilon_{yz} \cr \varepsilon_{zx} & \varepsilon_{zy} & \varepsilon_{zz}}\pmatrix{E_x \cr E_y \cr E_z}\]

ただし対称性から、\(\varepsilon_{xy}=\varepsilon_{yx}\)、\(\varepsilon_{yz}=\varepsilon_{zy}\)、\(\varepsilon_{xz}=\varepsilon_{zx}\) が成り立つので、考慮する誘電率は6つとなります。さらにこれは座標軸のとり方を選ぶことにより、簡単化することができます。最も簡単になるような座標軸を選んだとき、これを主軸と言います。

 なお、\(\varepsilon_x =\varepsilon_y =\varepsilon_z\) の場合を等軸結晶といい、立方晶系(図8-3(a))がこれに属します。また \(\varepsilon_x=\varepsilon_y \neq \varepsilon_z\) の場合を一軸性結晶(または単軸結晶)といい、正方晶系(図8-3(b))、六方晶系など3、4、6回対称回転軸をもつ結晶がこれに属します。さらに \(\varepsilon_x \neq \varepsilon_y \neq \varepsilon_z\) の場合を二軸性結晶といい、三斜晶系(図8-3(c))などがこれに属します。 各結晶系の詳細については「結晶の話」、8項を参照してください。

 ここでの誘電率 \(\varepsilon\) は上で述べたように3×3の要素をもっており、見た目は行列ですが、正しくは2階のテンソルと呼びます。テンソルの定義を数学的に説明するのはかなり本題から逸れるので、ここでは省略します。以下に議論する範囲では3×3の行列と考えても、式の展開などに問題は生じません。

 誘電率テンソルを \(\varepsilon\) とし、誘電率のxyz座標系での要素 \(\varepsilon_{i,j}(i,j=x,y,z)\)を用いて書くと

\[\varepsilon=\pmatrix{\varepsilon_{xx} & \varepsilon_{xy} & \varepsilon_{xz} \cr \varepsilon_{yx} & \varepsilon_{yy} & \varepsilon_{yz} \cr \varepsilon_{zx} & \varepsilon_{zy} & \varepsilon_{zz}}\tag{1}\]

となります。

 この誘電率テンソルの対称性を考えるため、少し唐突ですが次式で表されるこの系の単位体積当たりの電界のエネルギー \(U\) を考えます。

\[U=\frac{1}{2}\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{D}=\frac{1}{2}\boldsymbol{E}\cdot[\varepsilon]\boldsymbol{E}\tag{2}\]

上式をxyz座標系のベクトル成分で書くと

\begin{align}U &= \frac{1}{2}(E_x ,E_y ,E_z )[\varepsilon]\pmatrix{E_x \cr E_y \cr E_z } \\ &= \frac{1}{2} \left \{\varepsilon_{xx} E_x^2 +\varepsilon_{yy} E_y^2 +\varepsilon_{zz} E_z^2 +(\varepsilon_{xy}+\varepsilon_{yx})E_x E_y +(\varepsilon_{yz}+\varepsilon_{zy})E_y E_z +(\varepsilon_{xz} +\varepsilon_{zx} )E_z E_x \right \} \\ &= \frac{1}{2}\varepsilon_{ij}E_i E_j ~~~~~(i,j=x,y,z) \end{align}

となります。一番下の等号以下はその上の長ったらしい加算式を簡略に記すための記法でアインシュタイン規約と呼ばれます。

 さてここでエネルギー \(U\) の時間微分を考えます。まず(2)式の真ん中の項について考えると

\[\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}\left ( \boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{D}\right ) =\left (E_i \frac{\mathrm{d}E_j}{\mathrm{d}t}+E_j \frac{\mathrm{d}E_i}{\mathrm{d}t}\right ) \varepsilon_{ij}\tag{3}\]

となります。また(2)式右側の項については

\[\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}([\varepsilon]\boldsymbol{E}^2)=2\boldsymbol{E}\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}([\varepsilon]\boldsymbol{E})=2E_i \varepsilon_{ij}\frac{\mathrm{d}E_j}{\mathrm{d}t}\tag{4}\]

となります。上2式の右辺は等しくなければなりません。すなわち

\[\left (E_i \frac{\mathrm{d}Ej}{\mathrm{d}t}+E_j \frac{\mathrm{d}E_i}{\mathrm{d}t}\right )\varepsilon_{ij}=2E_i\varepsilon_{ij} \frac{\mathrm{d}E_j}{\mathrm{d}t}\]

です。これを整理すると

\[\left ( E_j \frac{\mathrm{d}E_i}{\mathrm{d}t}-E_i \frac{\mathrm{d}E_j}{\mathrm{d}t}\right )\varepsilon_{ij} =0\]

が成り立ちます。ここで添え字の \(i\)、\(j\) は 座標のx,y,zのいずれかを示しており、入れ替えても式は変わりません。そこで上式左辺の後の項の \(i\) と \(j\) を入れ替えてみると

\[E_j\varepsilon_{ij}\frac{\mathrm{d}E_j}{\mathrm{d}t}-E_j\varepsilon_{ji}\frac{\mathrm{d}E_i}{\mathrm{d}t}=0\]

\[\left (\varepsilon_{ij}-\varepsilon_{ji}\right ) E_j \frac{\mathrm{d}E_i}{\mathrm{d}t}=0\]

が成り立ちます。ここで電界が 0 でないことは前提ですので、

\[\varepsilon_{ij} =\varepsilon_{ji}\]

が成り立ちます。したがって誘電率テンソルは行と列を入れ替えても(転置しても)不変であることになります。これを対称であると言います。したがって(1)式を書き換えると

\[[\varepsilon]=\pmatrix{\varepsilon_{xx} & \varepsilon_{xy} & \varepsilon_{xz} \cr \varepsilon_{xy} & \varepsilon_{yy} & \varepsilon_{yz} \cr\varepsilon_{xz} & \varepsilon_{yz} & \varepsilon_{zz}}\tag{5}\]

となり、誘電率の独立な成分は9個から6個に減ることになります。これは上記の通り、結晶構造の対称性を考慮しなくても成り立ちます。結晶の対称性があれば、独立な成分はさらに減少することになります。

 そこで結晶構造によって誘電率テンソルがどのような形になるかを少しみておきます。「結晶の話」の8項で結晶は構造で分類すると7種類に分けられることを説明しています。このなかで三斜晶系は対称性がないので、誘電体テンソルは(15)式で示すように6つの要素を持ちます。

  六方晶系はどうでしょうか。6回回転軸をz軸とし、この回りに180°回転した場合を考えます。この場合、電界は \(E_x\) と \(E_y\) が反転します。この回転によって結晶形は変わらないので、誘電率テンソルは不変です。したがって電束密度ベクトル \(\boldsymbol{D}\) の成分は

\[\boldsymbol{D}=\pmatrix{ -\varepsilon_{xx}E_x -\varepsilon_{xy}E_y +\varepsilon_{xz}E_z \cr -\varepsilon_{yx}E_x -\varepsilon_{yy}E_y +\varepsilon_{yz}E_z \cr -\varepsilon_{zx}E_x-\varepsilon_{zy}E_y +\varepsilon_{zz}E_z } \]

となります。これは回転前の電束密度ベクトルと一致しなければなりませんので、電界 \(E_x\) と \(E_y\) の係数である誘電率成分は 0 となります。すなわち、

\[\varepsilon_{xz}=\varepsilon_{yz}=\varepsilon_{zx}=\varepsilon_{zy}=0\]

です。さらにz軸の回りに60°回転した場合も結晶形は変わりませんが、電界 \(E_x\) と \(E_y\) は60°回転した分だけ変化します。

60°回転後の電界のx成分とy成分を \(E_x'\) と \(E_y'\) とすると

\[E_x '=\frac{1}{2}E_x -\frac{\sqrt{3}}{2}E_y\]

\[E_y' =\frac{\sqrt{3}}{2}E_x +\frac{1}{2}E_y\]

と表せます。これより電束密度ベクトル \(\boldsymbol{D}\) は

\[\boldsymbol{D} = \pmatrix{\varepsilon_{xx}\left(\frac{1}{2}E_x-\frac{\sqrt{3}}{2}E_y \right )+\varepsilon_{xy}\left(\frac{\sqrt{3}}{2}E_x +\frac{1}{2}E_y \right) \cr \varepsilon_{yx}\left(\frac{1}{2}E_x-\frac{\sqrt{3}}{2}E_y \right)+\varepsilon_{yy}\left(\frac{\sqrt{3}}{2}E_x+\frac{1}{2}E_y\right) \cr \varepsilon_{zz}E_z}\]

となるので、元の電束密度ベクトルと比較すると

\[\varepsilon_{xx}=\varepsilon_{yy}\]

\[\varepsilon_{xy}=\varepsilon_{yx}=0\]

が成り立ちます。したがって誘電率テンソルは

\[[\varepsilon]=\pmatrix{\varepsilon_{xx} & 0 & 0 \cr 0 & \varepsilon_{xx} & 0 \cr 0 & 0 & \varepsilon_{zz}}\]

となります。三方晶系、正方晶系も同じです。

 その他の結晶についてまとめておきます。

 単斜晶系はつぎの通りです。

\[[\varepsilon]=\pmatrix{\varepsilon_{xx} & \varepsilon_{xy} &0 \cr \varepsilon_{xy} & \varepsilon_{yy} & 0 \cr 0 & 0 &\varepsilon_{zz}}\]

 直方晶系は対角要素だけを持ちます。

\[[\varepsilon]=\pmatrix{\varepsilon_{xx} & 0 & 0 \cr 0 & \varepsilon_{yy} & 0 \cr 0 & 0 & \varepsilon_{zz}}\]

 等軸晶系も対角要素だけをもち、かつ3要素が等しくなります。

\[[\varepsilon]=\pmatrix{\varepsilon_{xx} & 0 & 0 \cr 0 & \varepsilon_{xx} & 0 \cr 0 & 0 & \varepsilon_{xx}}\]

 なお、上記の誘電率テンソルは、対角要素以外に0でない要素をもつ場合も含めていずれも対称形で、要素は実数です。このような2階のテンソル(行列)は対角要素だけをもつように変換することができます。これは線形代数の定理です。ここでは定理の証明は置いて、対角化を行う手順を説明しておきます。

 Aを対称実行列とします(ここでは3×3の場合だけが対象です)。この行列は次式で表される固有値 \(\lambda\) をもちます。

\[A\boldsymbol{p}=\lambda\boldsymbol{p}\tag{6}\]

 固有値 \(\lambda\) はスカラー、\(\boldsymbol{p}\) はベクトルで固有ベクトルと呼ばれます。この固有値 \(\lambda\) はつぎの方程式(固有方程式と呼ばれています)を解くことによって得られます。

\[|A-\lambda I|=0\]

ここで | | は行列式を意味します。\(I\) は対角単位行列です。\(I\) が3×3であれば、値が重複する場合はありますが、それを含めて3個の解(固有値)が得られます。この各固有値について(6)式の固有ベクトル \(\boldsymbol{p}\) を求めます。この固有ベクトルの要素を縦に並べて行列 \(P\) を作ります。この \(P\) の逆行列を \(P^{-1}\) とすると

\[B=P^{-1}AP\tag{7}\]

から求まる \(B\) は対角行列になります。これからわかるように対角行列 \(B\) の対角要素は \(\lambda\) であることになります。

 以上が対称行列を対角化する手順ですが、教科書などにはよく「適当な座標変換によって」対角化する云々と書かれています。以上の代数的手順では座標変換との結びつきがはっきりしないと思いますので、その点を補足しておきます。

 簡単のために2次元xy座標での上記の行列 \(A\) によるつぎのような線形変換を考えます。

\[y=Ax\tag{8}\]

(7)式から \(A=PBP^{-1}\) ですから(8)式は

\[y=PBP^{-1}x\]

と書けます。ここで、\(y'=P^{-1}y\)、\(x'=P^{-1}x\) と置けば、上式は

\[y'=Bx'\]

となり、xy座標系での非対角行列 \(A\) による線形変換は、座標系をx'y'座標系に選ぶことによって、対角行列 \(B\) による変換に置き換えられることがわかります。このような座標変換を主軸変換と呼びます。

 誘電率テンソルについて上記のように対角化した場合、それに対応する座標軸を電気的主軸と呼びます。またそのときの誘電率を主誘電率、屈折率を主屈折率と言います。

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