電子デバイス/負性抵抗素子

6.トンネルダイオードの応用(その1)

 トンネルダイオードは負性抵抗特性をもつという特異なデバイスであるということはわかりましたが、ではこれはどんなところに応用できるのでしょうか。最初に紹介した江崎特許(1)にはトンネルダイオードの応用として図6-1のような発振回路が記載されています。この項ではこの発振回路について調べてみます。

 発振回路とは直流電源から交流電流を発生させる回路です。もちろんトンネルダイオードに固有のものではなく、いろいろな原理の回路が知られていますが、ここでは特許の回路に沿って話を進めます。

 図6-1をみると、トンネルダイオードに並列にコイル \(L\) とコンデンザ \(C\) を直列につないだものと直流電源 \(V\) が接続されています。

 この発振回路の等価回路は図6-2のようになります。トンネルダイオードは破線で囲まれた部分に相当し、負性抵抗と静電容量(キャパシタンス)の並列回路で表されています。等価回路上の負性抵抗は架空のもので、1項で説明しているように、現実にはこのような純粋の負性抵抗は存在しません。

 図6-2は負性抵抗が発生している状態での等価回路でキャパシタンスは接合容量に相当します。トンネルダイオードのインピーダンス \(Z_t \) を計算すると、負性抵抗を \(-R\)、容量(キャパシタンス)を \(C\)、角周波数を \(\omega\) とすると \[Z_{t}=\frac{R}{j\omega RC-1}=\frac{R}{\omega^{2}R^{2}C^{2}+1}+j\frac{\omega R^{2}C}{\omega^{2}R^{2}C^{2}+1}\] となります。より厳密には外部リード線との接触抵抗や線自体の抵抗分とインダクタンスを考慮する必要があります。なお、電流 \(i\) との混乱を避けるため虚数単位は \(j\) としています。

 図6-1の発振回路ではトンネルダイオードにインダクタンスと容量(キャパシタンス)が接続されています。この発振回路はLC共振型の発振回路といいますが、この原理を説明します。

 容量 \(C\) に電荷を蓄積させた状態で、インダクタンス \(L\) を図6-3のように接続するとどのような現象が起きるか考えます。容量 \(C\) の蓄積電荷は放電してインダクタンス \(L\) に流れ込みますが、\(L\) は電流の急激な変化を抑える方向にはたらきますので、電流はゆっくり増加し、エネルギーが \(L\) に蓄積されていきます。時間が経過すると、\(C\) の放電が進み、やがて電流が反転し、\(C\) は再び充電されていきます。これが繰り返されるので、発振が生じると考えられます。

 もう少し回路解析的に考えます。二つの素子にかかる電圧を \(V_C \)、\(V_L \)、二つの素子を流れる電流を \(i_C \)、\(i_L \) とすると、インダクタンス \(L\) については \[V_{L}\left ( t \right ) =L\frac{\mathrm{d}i_{L}}{\mathrm{d}t}\tag{1}\] キャパシタンス \(C\) については \[i_{C}\left ( t \right ) =C\frac{\mathrm{d}V_{C}}{\mathrm{d}t}\tag{2}\] がそれぞれ成り立ちます。 \[V_{C}=V_{L}\] \[i_{C}+i_{L}=0\] が成り立つので、(1)、(2)式より \(V_C \)、\(V_L\)を消去すると \[\frac{\mathrm{d}^{2}i\left ( t \right )}{\mathrm{d}t^{2}}+\frac{1}{LC}i\left ( t\right )=0 \tag{3}\] が成り立ちます。ここで \(i \left ( t \right ) =i_C \left ( t \right )=-i_L \left ( t \right ) \) です。また

\[\omega=\frac{1}{\sqrt{LC}}\] とおくと(3)式は \[\frac{\mathrm{d}^{2}i\left ( t \right )}{\mathrm{d}t^{2}}+\omega^{2}i\left ( t \right )=0\tag{4}\] となります。この微分方程式(4)の一般解は \[i\left ( t \right ) =A\exp\left ( i\omega t \right )+B\exp\left ( -i\omega t \right )\tag{5}\] と表せます。いま \(A=B \) とすると(5)式はオイラーの公式を使って \[i\left ( t \right )=2A\cos\omega t \tag{6}\] となり、正弦波の発振が生じることが分かります。発振角周波数 \(\omega \) は \[\omega =\frac{1}{\sqrt{LC}}\tag{7}\] です。周波数 \(f=\omega /2\pi\) ですから(7)式は \[f=\frac{1}{2\pi\sqrt{LC}}\] となります。

 このように理想的なインダクタンスとキャパシタンスだけの回路なら定常的な発振が起こりますが、上に触れたように実際の回路には抵抗分が必ず存在します。抵抗分があると、発振は減衰してしまいますから、現実にはインダクタンスとキャパシタンスだけでは定常的に発振が維持できる回路は実現できません。そこでこの正の抵抗分を負の抵抗で打ち消そうというのが、負性抵抗素子を使った発振回路の基本的な考え方です。

 図6-1の回路は図6-3の回路にトンネルダイオードを挿入した形になっています。等価回路、図6-2には正の抵抗成分が表向きには記されていませんが、図6-4のように抵抗 \(r\) を追加して書けばわかりやすいと思われます。トンネルダイオード内部のキャパシタンス分も厳密には発振周波数に影響を及ぼしますが、ここでは省略しました。またトンネルダイオードの負性抵抗はある電圧範囲でしか実現しませんから、電圧をその範囲に設定するように電源電圧 \(V\) を選ぶ必要があります。

 ここで回路記号について触れておきます。回路記号は回路図に描かれて製品に使われている回路を正確に伝えなければいけないので、規格に定められています。トンネルダイオードの回路記号はあまりなじみがないですが、図6-1に示したものがJIS(日本産業規格)に規定されています(JIS C 0617-5)。これはIEC(国際電気標準会議)規格とも整合がとられています。なお、上記特許の図面には通常のダイオード記号を丸で囲んだ記号が示されていますが、これはダイオードの記号としてかつてJISに規定があったものですが、2011年の改訂によってなくなっています。なお、細かいことですが、JISのダイオードは三角のマークの中を線が貫いているものが規定されています。順方向には電流が流れることを示していると思われますが、一般には三角形の中に線を描かない記号の方がよく使われているように思います。

(1)特公昭35-6326

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