電子デバイス/半導体メモリ

 

17.磁気抵抗メモリ

 強誘電体の分極のつぎは磁気を使った半導体メモリの話です。強磁性体の磁化特性をメモリに応用することはもちろん古くから知られていて、現在でもハードディスクはメモリの中心的な存在です。ただハードディスクはディスクを回転させてディスク上のどこかに情報を記録したり読み出したりするものです。その他の磁気ディスクや磁気テープといわれるものは、いずれも記憶するもの(記憶媒体)を動かす必要がありました。

 かつて磁気コアメモリという行列状に並べたリング状磁性体を用いたメモリがコンピュータの主記憶装置に使われた時代がありました。これは記憶媒体を動かさずに配線を選択するランダムアクセスであり、考え方はDRAMの先駆と言えます。しかし半導体チップ上に集積されたメモリとは面積当たりの記憶容量で比べるべくもありません。

 ここで説明しようとしているのは、DRAMやSRAMと同じような機能をもち、しかも不揮発性のメモリです。浮遊ゲートを使う、あるいは強誘電体を使うというこれまでに説明した半導体メモリと機能は似ていますが、磁性体の磁気的性質を用いた原理的にはまったく違ったメモリです。

 磁化しているかいないかといった磁気的特性は電荷の有無とちがってトランジスタで直接検知することはできません。磁化しているかどうかを検出するのによく使われるのは電磁誘導現象ですが、これも半導体装置で利用するには向きません。ここで使われるのは磁気抵抗効果という現象です。磁気抵抗効果というのは磁性体を磁化するとその電気抵抗が変わる現象です。これなら電気抵抗の大小を検知することによって磁気的に記憶された情報を読み出すことができ、トランジスタの利用が可能になります。

 この磁気抵抗効果は古くから知られていましたが、通常の磁性体の電気抵抗の変化はせいぜい数%と小さかったので、実用的なメモリへの応用は難しいと考えられていました。ところが1980年代後半になって鉄とコバルトの非常に薄い膜を積み重ねた多層膜で20%近い非常に大きな抵抗変化があることが発見されました。各強磁性体膜の磁化の方向が揃っているときは抵抗が小さく、互い違いの方向になっているときは抵抗が大きくなります。なぜそうなるかの説明はここでは省略しますが、これは巨大磁気抵抗効果と呼ばれ、その後、抵抗変化がさらに大きい材料の組み合わせが次々に見つかっています。

 数10%以上の大きな抵抗変化があるとそれは楽に検知できますから、メモリへの応用の途が開け、研究が1990年代末頃から活発になったまだ歴史が浅い新しいメモリです。具体的によく用いられている磁気抵抗素子は薄い絶縁膜を強磁性体層ではさんだもので、絶縁膜は電子がトンネルできるくらいの厚さになっています。やはり絶縁膜の両側の磁性体の磁化の方向が揃ったときにトンネル電流がながれやすく、抵抗が低くなります。このような構造の素子をトンネル磁気抵抗(TMR)素子と呼んでいます。

 このTMR素子を使ったRAM(MRAMと呼ぶこともあります。MはMagneticsの頭文字です)を紹介しましょう。例えば2001年にソニー社から出願された特許があります(1)。TMR素子をMOSFETと組み合わせた半導体磁気メモリは1999年頃提案されたと思われますので、この特許は最初のものとは言えませんが、素子構造がわかりやすく記載されています。

 全体の回路の構成は図17-1のようにこれもDRAMと同様です。図17-2がメモリセル一つ部分の断面図です。図の上の部分では、ビット線、ワード線が交差する箇所にTMR素子が設けられ、メモリセルを選択して書き込みができるようになっています。TMR素子は下部にあるIGFETのソースと接続されています。またドレインにはセンスラインが接続され、TMR素子の抵抗がIGFETがオンのときに検知できるようになっています。

 TMR素子は図17-2の右側の拡大図のようにトンネルバリア層を挟んで磁化固定層と記憶層が設けられた構造になっています。トンネルバリア層はアルミニウムやマグネシウムなどの金属の酸化物などの絶縁層で、電子のトンネルが可能な薄い層です。磁化固定層は磁性層ですが、外部から磁場がはたらいても磁化の方向が変化しない層です。図では単層に描かれていますが、実際は図17-3(a)に示すように強磁性体膜と反強磁性体膜の積層などで構成されます。強磁性と反強磁性の相互作用で強磁性体の磁化が磁場によって変化しなくなります(詳しい説明は省略します)。記憶層は強磁性体膜で、記憶層の磁化の方向をビット線を流れる電流で発生する磁場により変化させることができます。

 この電流によって発生した磁場をTMR素子に作用させるためには、図17-2にも示されているようにビット線とTMR素子の間に隙間が必要です。これは素子の微細化のためには好ましくありませんし、磁場が近くの素子へ漏れる恐れもあります。また書き込みに必要な磁場を発生するためにはかなり大きな電流が必要です。

 このような問題点の解決が望まれていましたが、2000年代半ばになって有力な解決策が出てきました。これはTMR素子に直接電流を流すというシンプルな方法です(2)。日本やアメリカの多くの企業や大学で研究開発が行われましたが、これもだれが最初に提案したのかあまりはっきりしません。

 その原理はスピン注入という量子力学的なもので、簡単な説明は困難ですが、直感的に説明してみます。スピンとは物質の磁性を説明するために導入された量子力学的概念です。電磁気学ではループ状の電流が流れるとループの面に垂直な方向に磁界が発生することが知られています。このことから電子が自転していると磁界が発生するというイメージがスピンという名前を生んだようですが、実際には電子が自転して磁界が発生するというような現象はありません。スピンは2つの方向をもっていることがわかっていて、これが物質の磁化と対応しています。

 1980年代半ばに磁性体中に電流を流すと、通過する電子がもつスピンの方向が揃い(スピン偏極あるいはスピン分極と呼ばれます)、このスピン偏極した電子を別の磁性体中に注入するとこの磁性体は前の磁性体と反対方向に磁化されることが分かりました。

 この現象をTMR素子に適用するには、単に磁性体に電流を流せばよいので、一旦磁場を発生させることなく、電流を流すことによって情報の書き込みが可能になりました。この電流書き込みを用いたMRAMをSTT-MRAMと呼んでいます。STTはSpin-Transfer-Torqueのことですが、日本ではスピン注入型とかスピン転位型などと呼ばれています。トルクは回転エネルギーのことですから、スピンを方向を変化させることを意味しています。

 図17-3のように膜面に垂直にある方向に電流を流すとスピンは(a)のようにトンネルバリア層の両側の層の磁化の方向が揃います。このとき膜面に垂直方向な方向の抵抗値は大きくなります。例えばこれを情報の1とします。つぎに(b)のように(a)とは逆方向に電流を流すと、記憶層の磁化の方向は反転します。このとき抵抗値は小さくなります。こちらが情報の0に相当することになります。

 STT-MRAMは書き込みと読み出しはいずれも同じ回路でTMR素子に電流を流して行います。トランジスタ(IGFET)を組み合わせたメモリ素子は図17-4のような構成になります。読み出しが記憶に影響を与えないように読み出しの電流は書き込みの電流より小さくするなどの方法が採られます。また読み出しが記憶を変化させてもその都度修復すればよいという考えもあります(2)

 このSTT-MRAMの書き込み電流をさらに低減するために磁化の方向を膜面に平行でなく垂直にする方法が提案されています(3)。このようなSTT-MRAMの登場でメモリセルの面積を小さくすることが可能になり、書き込み電流もさらに低減されました。高速かつ情報書き込みによる劣化も少ない有望なメモリとして、DRAMやSRAMを置き換えられる不揮発性メモリとして期待が高まっています。

(1)特開2004-31694号

(2)特開2006-190364号

(3)特開2009-239121号