光デバイス/発光ダイオード

28.金属のマイグレーションの防止

 発光ダイオードの特性を劣化させる原因の一つとして、素子中での原子の移動が挙げられます。固体中の原子は気体中や液体中のようには自由に動けないのですが、特別な場合には固体中でも移動が起こる場合があります。このような固体中での原子の移動は通常はわずかですが、非常に長い時間が経過すると無視できない量になる場合があります。

 半導体デバイスでは半導体層のほか、金属層や絶縁体層など種々の材料からなる層が積層されています。各層の材料や厚みはそれぞれ役割を果たすように設計されていますから、その中の原子が動いてしまうと、デバイスの特性が設計値からずれることになります。

 デバイスには使用時に電界がかかり、電流が流れ、温度が上昇しますから、原子が動きやすい状態になります。使用が長時間に及ぶとデバイス特性はどうしても次第に劣化してきますが、その一因はこのような原子の移動にあります。

 発光ダイオードに関する例を挙げます。

 12項で紹介したように素子の片側に反射構造を設けて下方に向かう光を反射させることにより有効に利用しようという考えがあります。このうち基板側から出射させるタイプの場合は、半導体層の表面にある金属電極を反射層として兼用することができます。可視光の反射率が高い金属としては銀(Ag)やアルミニウム(Al)がよく知られています。ところがこれらを電極金属として使うには次のような問題点があります。

 これらの金属は他の金属や半導体中に拡散しやすい性格をもっています。このような原子の移動をマイグレーション(migration:人の移民とか鳥の渡りなど移動を意味する語です)と言うことがあります。とくに電極の場合は電圧を加えるのでより移動がしやすくなります。電界がかかった状態での原子の移動をエレクトロマイグレーションと言うことがあります。

 またこれらの金属はどの半導体層に対しても必ずしもオーミック接触がとれるわけではありません。電極と反射層を兼ねる場合にはこの問題も解決する必要があります。

 これらの問題を解決する手段として、もっともよく用いられるのは電極を多層化して役割を分担させることです。この多層電極はいろいろな観点から様々な層構成の電極が試みられています。

 ここでは集大成的ないろいろな効果を織り込んだ電極構成の一例を紹介しますが、これがベストかどうかはわかりません。

 図28-1は素子構造の一例の断面図です(1)。サファイアなどの透明な誘電体基板の上に窒化物系の半導体層が形成されています。発光層の上のp型層の上に多層のp側電極が形成されています。いま問題にするのはこの電極です。

 その層構成はp型半導体層に接する層が透光性かつ導電性をもつ酸化インジウムスズ(ITO)層です。その上が銀(Ag)または銀を主成分とする合金からなる反射電極層です。さらにその上がチタン(Ti)と白金(Pt)とを積層した拡散防止層です。この上に厚い金(Au)層からなるパッド電極が形成されています。

 各層の役割はつぎのようになっています。p型層に直接接する電極層は半導体とオーミック接触する必要があります。ITO層はp型GaN層とオーミック接触する役割をもっています。この役割なら他の金属材料を選ぶこともできますが、その金属材料が発光層からの光を遮り反射電極層へ到達するのを妨げたのでは反射電極層を設ける意味がなくなってしまいます。そこで発光層からの光を透過し、かつオーミック接触も可能な材料を選ぶ必要がある訳です。さらにまた反射電極層が半導体層に接するのを防ぎ、Agなどが半導体側へ拡散するのを防ぐ役割もあります。

 反射電極層は発光層から透光性電極層を透過してきた光を基板側へ反射します。可視光に対する反射率が最も高い金属は銀、ついでアルミニウムが知られています。特性の改善のために、これらの金属単独ではなく他の成分を含む合金も用いられます。

 この項で説明しようとしているマイグレーションを防止する役割を担うのが拡散防止層です。反射電極層の金属原子がパッド電極中へ拡散するのを防ぐ効果をもっています。AgはAu中に拡散しやすく、パッド電極がAuの場合、容易に入りこみます。AuにAgが混入すると金属の性質が変わり、Au層が剥がれやすくなったり、ワイヤボンディングしたワイヤが外れやすくなったりすることがあります。そこでAg層の表面をAgが移動しにくい材料で覆う手段がとられます。Agが拡散しにくい金属としては上の例のPtやTiの他、Pd(パラジウム)やバナジウム(V)、タングステン(W)など種々の材料が知られています。

 なお、n側の電極はバナジウム(V)層、アルミニウム(Al)層、金(Au)層の構成です。

 以上の層構成で、反射電極層のAgがパッド電極と半導体層のいずれへも拡散しないようにし、かつ半導体に対してオーミック接触もとれるような電極が実現できます。このようにいくつもの特性を満足し、長期にわたって素子の特性を劣化させないような電極はどうしても複数の材料を使った複雑な構造になりがちで、どこまでの性能を求めるのかを明確にし、それに従ってできるだけ構造を簡略にすることも必要です。

(1)特開2008-192782号