電子デバイス/バイポーラトランジスタ

13.絶縁ゲートバイポーラトランジスタ

 最後にトピックスとして絶縁ゲートバイポーラトランジスタを取り上げます。これはどこに分類するのがよいか迷うデバイスです。

 開発初期にはいろいろな呼称で呼ばれていました。例えば「絶縁ゲート整流器」、「導電変調型MOSFET」、「バイポーラモードMOSFET」等々です。しかし現在では「絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor, IGBT)」の呼称が定着しています。

 「絶縁ゲート」というと、これは電界効果トランジスタ、IGFETが想起されます。実際に以下で説明するように動作はIGFETにかなり近いところがあり、IGFETの変形と解釈することもできそうです。

 しかし、このIGBTは電力用として特化された素子で、1000Vレベルの高圧、数10Aレベルの大電流を扱えることが要求されます。このような大電流を担っているのはバイポーラトランジスタ構造です。このような高電圧、大電流のスイッチなど電力用として使われるバイポーラトランジスタは従来から存在しますので、その変形とみて現在の呼称に落ち着いたとみられます。そこでここでも「バイポーラトランジスタ」の一項として取り上げることにしました。

 バイポーラトランジスタは大電流を流すのは得意ですが、電子と正孔の2つのキャリアを使うのでスイッチング速度が遅いのが難点です。

 一方、IGFETは単一キャリアで動作するため、高速動作が可能ですが、ゲート電圧で制御できる薄いチャンネル層に電流を流すため、大電流を流すのが難しいという問題があります。

 このように従来の2種類のトランジスタが一長一短である問題点を解決し、高圧、大電流を高速でスイッチするために考案されたのがIGBTです。早くも1960年代後半に原型が提案され、特許が出願されています(1)

 このIGBTの基本的な構造をIGFETとバイポーラトランジスタに比較して図13-1に示します。(a)は通常のプレーナ型IGFETです。このIGFETには大電流を流せるように改良した縦型という変形構造があります。これを(b)に示します。「電界効果トランジスタ(2)」7項で縦型HEMTを取り上げていますが、これはトレンチ型と呼ばれる少し違ったタイプです。この縦型は基板裏面にドレイン電極が設けられ、ドレイン電流は基板表面のソース電極との間を流れます。(c)のバイポーラトランジスタは比較をしやすくするように8項や9項の図とは変えてベースが中央にくるように描き換えました。

 これらに対してIGBTの基本構造を(d)に示します。縦型IGFETとバイポーラトランジスタを組み合わせたような構造になっています。バイポーラトランジスタのベース電極がゲート電極に置き換えられ、ゲート絶縁膜が設けられています。

 図13-2により IGBTの構造と動作について説明します。図の(a)は素子の部分断面構造ですが、併せてIGBTの等価回路を(b)に示します。IGBTは等価回路のようにIGFETとバイポーラトランジスタを並列に接続したような素子です。

 図13-2(a)の例では①で示した破線で囲まれた部分がpnp型のバイポーラトランジスタとしてはたらきます。基板表面の狭い範囲に設けられたn+領域がエミッタ層に相当します。それを覆うように設けられているp+領域がベース層に相当します。その下の広い範囲に設けられたn-層(高抵抗層)がコレクタ層に相当しますが、基板としてはp+型基板を使用し、その上にn-層をエピタキシャル成長させた構造となっています。表面のn+エミッタ領域およびベース領域はこのn-層によって複数に分離されています。

 このn+エミッタ層とp+ベース層の端部を覆うように基板表面にゲート絶縁層が形成され、その上にゲート電極が設けられてIGFETが構成されます。またこのゲート電極と分離してn+層とp+層の一部の上にエミッタ電極が設けられます。②で示す領域がIGFETに相当します。

 基板裏面にはコレクタ電極が設けられます。バイポーラトランジスタのベース電極に相当する電極はありません。

 この素子の動作を説明します。FETとしてのチャネル層はゲート絶縁膜直下のp+ベース領域に形成されます。ゲート電極がプラス電位となるとp+領域表面に反転層が形成され、n+エミッタ領域とn-層間が導通し電子が流れます。電子は、n-層、p+層を経てコレクタ電極に流れます。これで上記の等価回路の素子が構成されるのがわかります。

 このときコレクタ電極から正孔が流れ込みやすくなります。この正孔はn-層、p+ベース層を経てn+エミッタ層に達します。これはp+-pn+の接合を介して電流が流れることを意味し、ここに形成されたサイリスタ構造③に電流が流れることを意味します。等価回路的にいうと図13-3に示すように、もう一つpnp型のバイポーラトランジスタが加わった形になります。複雑な構造の素子で期せずしてこのような接合構造が形成されてしまうことがあります。このように形成される接合からなる素子を寄生素子と呼ぶことがありますが、IGBTでは寄生サイリスタが形成されることになります(「負性抵抗素子」10、11項参照)。

 通常のサイリスタは一端オンになると電源を切らない限り、ゲート電極の電位操作ではオフにすることはできないため、IGBTでも寄生サイリスタがオンになると、大電流が流れ続け素子が破壊される恐れがあります。この問題があると、とくに電力用の場合、被害が甚大になるので敬遠され、素子実用化の妨げになります。この問題を回避する素子構造が見出されたことが、IGBTの電力用素子として広く利用されるターニングポイントとなりました(2)(3)。また同じ目的で開発されたサイリスタの改良素子であるゲートターンオンサイリスタ(「負性抵抗素子」12項)は不要になってしまいました。

 以下にこの問題解決の手段について説明します。問題点である寄生サイリスタがオンになってしまいオフに戻せなくなってしまう現象を「ラッチアップ」と呼びます。ラッチアップ現象はnチャネルIGFETとpチャネルIGFETを組み合わせたCMOSでも問題になりました(「信頼性の話」17項参照)。

 ここではまずラッチアップが起こる条件を図13-3に示す等価回路で考えます。ベース電流、エミッタ電流、コレクタ電流をそれぞれ、\(I_B\) 、\(I_E\)、\(I_C\) とし、さらにpnpトランジスタにはpを、npnトランジスタにはnをそれぞれつけて区別します。また抵抗Rsを流れる電流を \(I_{RS}\) とします。また、pnpトランジスタとnpnトランジスタの電流増幅率をそれぞれ \(\alpha_p\)、\(\alpha_n\) とします。このとき各電流間にはつぎのような関係が成り立ちます。

\[\begin{align} I_{Bp} &= (1-\alpha_p)I_{Ep} \\ I_{Cn} &= \alpha_n I_{En} \\ I_{Bp} &= I_{Cn} \\ I_{Ep} &= I_{En}-I_{Rs} \\ I_{Ep} &= \frac{\alpha_n I_{Rs}}{1-(\alpha_p+\alpha_n)}\end{align}\]

 最後の式より、ラッチアップが発生するのは \(\alpha_p +\alpha_n =1\) が成り立つときであることが分かります。

 このようなラッチアップが発生しないようにするにはRsを小さくすることが考えられます。Rsが小さく、それによる電圧降下がnpnトランジスタのベース-エミッタ接合の内蔵電圧より小さければ、npnトランジスタは動作しないことになるからです。このRsはpベース領域の抵抗に相当しますから、これを小さくする手段が考えられます。そこでこのベース部分にp+領域を形成するように追加のpドープをする手段が考えられます。

 またラッチアップが発生するのはコレクタ側からベース層に流れ込んだ正孔がn領域に流れ込むためですから、これを避けるようにすればよいと言えます。断面構造図では分かり難いですが、図の奥行き方向のn層の幅を狭くします。その場合、p層が表面に露出し、n+層が存在しないので、この部分にはpnpn接合が存在しなくなり、その分ラッチアップは発生しにくくなります。

 IGBTはラッチアップがなく正常に動作すれば、図13-4のような特性を示します。逆方向には電流は流れません。順方向はゲート電圧 \(V_G\) によって決まる電流 \(I_{CE}\) がコレクターエミッタ間に流れますが、この電流はコレクタ-エミッタ間の電圧 \(V_{CE}\) を上げても飽和した値を示します。この特性を利用して負荷に接続したモータなどを制御することができます。

(1)特公昭47-21739

(2)特開昭60-254658

(3)特開昭61-123184