電子デバイス/バイポーラトランジスタ

10.パワートランジスタ

 トランジスタは数ボルト、数ミリアンペアの信号を増幅したり、スイッチングしたりするだけではありません。もっと大きな電力を扱わなければならない場合もあります。

 例えばオーディオアンプも最後にスピーカを鳴らす段階では数10ワットの電力を出力することが必要です。またこのようなオーディオアンプやパソコンなどの機器を動かすには電圧の変動が少ない電源が必要で、そのような電源の回路でも数100ワット程度の電力を扱うトランジスタが必要です。

 以上のような用途では扱う周波数は高くないのですが、携帯電話の電話局で電波を送信するために使う増幅器などは高い周波数でかつ大きな電力を扱うという難しい要求に応えなければなりません。

 このような大きな電力を出力できるトランジスタを一般にパワートランジスタと呼びます。電力用トランジスタとか高出力トランジスタなどと言う場合もあります。現在はこのような電力用のトランジスタとしてIGFETが使われるようになっていますが、単体のバイポーラトランジスタは以前からこの用途に使われてきました。

 このようなパワートランジスタに必要なことはどんなことでしょうか。ここではそれを考えてみます。

 トランジスタが現れる前はこのような電力の増幅に真空管が使われていました。真空管とトランジスタは使い方がかなり違います。真空中に置いた電極の間に電子を飛ばす真空管は電極の間の距離を大きくすれば、数1000Vの電圧をかけることも可能です。しかし電流となる電子は金属を加熱して空中に飛び出させるやり方ですから、大きな電流を流すのは難しいのです。電力は電圧と電流をかけたものですから、真空管の場合、電圧を高くして大きな電力を増幅するようにしています。

 一方、半導体の接合を利用しているトランジスタは接合がそれほど大きな電圧に耐えられません。せいぜい数10Vです。しかし抵抗が低ければ固体中に大きな電流を流すのはそれほど難しいことではなく、数アンペア、数10アンペアという電流を流すことができます。大電力を扱うトランジスタでは大きな電流を流す点が真空管とはかなり違います。

 とはいってもいくらでも大きな電流を流せるわけではありません。電流を流すと半導体にも抵抗があるので接合部分が加熱されます。温度が上がると電子がどんどん伝導帯に励起され、n型、p型の区別も無くなるくらい電子、正孔の数が増えます。こうなるとエミッタとコレクタの間のベースが機能を果たさなくなり、トランジスタは制御不能になります。これは周囲の温度が上がっても同じで、トランジスタは高温の環境では使えなくなります。

 この現象は価電子帯から伝導帯への電子の励起によっていますから、バンドギャップエネルギーが大きいほど起きにくくなります。つまりシリコンよりGaAsの方が有利です。さらにはもっとバンドギャップエネルギーの大きい半導体を使うのがよいことになります。この点については後の項で触れます。

 接合にかかる電圧が高くなった場合どのようなことが起こるでしょうか。これについては5項で少し触れています。図6-2(b)にVCEが30Vを越えたところでコレクタ電流Iが急増し始めることが示されていますが、さらに電圧を増加した場合にどうなるかを概略的に示したのが図10-1です。

 正常な使い方ではエミッタ-ベース間の接合には順方向電圧がかかりますが、ベース-コレクタ間の接合には逆方向の電圧がかかります。このためVCEが高くなると図10-1中のエネルギーバンド図のように、ベース-コレクタ間接合に高い逆バイアスがかかります。そしてベースの価電子帯よりコレクタの伝導帯のエネルギーが低くなると、矢印で示したようにトンネル現象によって、電子が価電子帯から伝導帯に突き抜けられるようになります。この現象をツェナー(Zener)効果(英語読みではジーナー効果)と呼んでいます。

 もう一つの現象は高い電界がコレクタの接合にかかるため、電子は大きな運動エネルギーをもって高速で移動します。エネルギーバンド図を見ていても分かりませんが、この移動は結晶のなかで起きるので、電子と原子の衝突が起き、価電子が叩き出されることがあります。叩き出された電子がさらに他の原子に衝突してまた電子を叩き出すということが連鎖的に起き、ついには大量の電子がまさに雪崩を打って移動するようになります。これを電子雪崩(なだれ)と呼びます。

 以上の2つの原因によって図10-1のA点においてコレクタ電流が急増する現象が発生します。この現象を接合の1次降伏(primary breakdown)と呼びます。この1次降伏が起こっても、電圧を下げればトランジスタは機能を回復します。

 しかしさらに電圧を上げると、図10-1のB点のように、VCEが急に下がり電流がさらに増加します。この現象を2次降伏(second breakdown)と呼びますが、こうなると電圧を下げてももはやトランジスタの機能は完全には復帰しません。何とか増幅機能が回復することはあってもその特性は劣化してしまいます。さらに電流が増えると、トランジスタは完全に破壊する方向に進みます(C点)。

 この2次降伏は1次降伏によって急増した電流により接合が加熱され、部分的に電流が集中するためさらに温度が上昇するために起こると考えられています。最終的には接合を作っている結晶が破壊されてしまいます。熱が関係するため、バンドギャップエネルギーの大きい半導体の方が、2次降伏による破壊にも強いと予想されます。

 以上のように大きな電力を扱うトランジスタにとっては接合が過熱することがもっとも問題です。そこで図10-2のようにパッケージを熱伝導のよい金属などで作り、接合で発生する熱を外に逃がす工夫がされたいます。以前はよく(a)のような金属パッケージをよく見ましたが、最近は(b)のような樹脂パッケージに放熱用金属部を付けたタイプも多くなりました。どちらのタイプもパッケージをネジ止めで固定できるようにし、放熱器など熱が逃げやすいものにしっかり密着固定して放熱を促すようにしています。さらに必要な場合にはファンを付けて放熱器に風を送り強制的に冷却するようにします。